どうも、今度の旅は最初から天候[1] の具合が奇妙だ。悪いと言ってしまえばそれまでだが、いいと思えば本当に具合よくいっている。第一、昨日東京をたってきたときからして、かなり強い吹き降り[2] だった。だが、朝のうちにこれほど強く降ってしまえば、夕方木曽につくまでにはと思っていると、昼少し前から急に小降り[3] になって、まだ雪のある甲斐[4] の山々[5] がそんな雨の中から見えだしたときは、何とも言えず清々しかった[6] 。そうして信濃境[7] にさしかかる[8] ことには、おあつらえ向き[9] に雨もすっかり上がり、富士見[10] あたりのいったいの枯れ原も、雨後[11] のせいか、何か生き生き[12] とよみがえった[13] ような色さえ帯びて車窓[14] を過ぎた。そのうちに今度は、かなたに、木曽の真っ白な山々[15] がくっきり[16] と見え出してきた。
その晩、その木曽福島の宿に泊まって、明け方目を覚えまして見ると、思いがけない吹雪だった。
「どんだものが降り出しました……」宿の女中[17] が火を運んできながら、気の毒そうに言うのだった。「このごろ、どうも癖になってしまって困ります。」
だが、雪はいっこう苦にならない。で、今朝も今朝で、そんな雪の中を衝いて、僕たちは宿をたってきたのである。
今、僕たちの乗った汽車の走っている、この木曾の谷の向こうには、すっかり春めいた[18] 、明るい空が広がっているか、それとも、うっとうしい[19] ような雨空[20] か、僕は時々それが気になりでもするように、窓に顔をくっつける[21] ようにしながら、谷の上方[22] を見上げてみたが、山々に遮られた狭い空中[23] 、どこからともなく飛んできては盛んに舞い狂って[24] いるむす[25] の雪ほかには何にも見えない。そんな雪の狂舞の中を、さっきから時折[26] 出し抜けにぱあっと薄日が差してき出しているのである。それだけでは、いかにも頼りなげ[27] な日差しに具合だが、ことによるとこの雪国[28] の外に出たら、うららか[29] な春の空がそこに待ちかまえて[30] いそうなあんばい[31] にも見える。
[1]天候◎【てんこう】
【名】
天气,气候。从几天到两三个月时间内大气的状态,是介于天气和气候之间的概念。(数日から2~3か月ぐらいの期間の、大気の状態。天気と気候のほぼ中間の概念。)
△天候が定まらない。/天气不稳。
△天候の回復を待つ。/等天气恢复(转晴)。
△天候が不順で稲のできが悪い。/因天气反常稻子收成不好。
[2]吹き降り◎②【ふきぶり】
【名】
狂风暴雨,风雨交加。(激しい風と一緒に雨が降ること。)
△一日中吹き降りがひどかった。/整整一天风雨交加。
[3]小降り◎【こぶり】
【名】
雨微降,下小雨。下小雪。(雨や雪が少し降ること。また、降り方が弱いこと。)
[4]甲斐◎【かい】
【名】
效果;价值;好处,用处;意义。(その行為に値するだけの値打ちや効果。)
△甲斐がある/有效;有意义。
△努力の甲斐が表れる/显出努力的效果。
△行ってみた甲斐があった/去一去有了收获;没白跑一趟。
△骨を折った甲斐がなかった/白费劲了。
△薬石甲斐なく,本日亡くなった/医治无效,今日去世。
[5]山々【やまやま】
【名·副】
(1)群山。(あの山この山。)
△伊豆の山々。/伊豆群山。
(2)很多。(たくさん。)
△つもる話の山々。/很多要说的话。
(3)很想……。(そうしたいのだが。)
△結婚したいのは山々だが、相手が見つからない。/虽然很想结婚,但找不到对象。
△映画を見たいのは山々だが、見にいく時間がない。/电影是很想看的,但没有去看的时间。
[6]清清しい⑤【すがすがしい】
【形】
清爽的。(さわやかで、気持がいい。)
△いなかの空気は清清しい。/乡下空气清爽。
[7]信濃【しなの】
【日本地名】
[8]差し掛かる④◎【さしかかる】
【自动·一类】
(1)来到,临到,靠近,路过。〔その場に来る。〕
△汽車がトンネルへ差し掛かる。/火车就要开进隧道。
△船が海峡にさしかかっている。/船正在驶进海峡。
△峠に差し掛かると雨が降ってきた。/来到山顶上的时候下起雨来了。
(2)逼近,临近。〔まぎわになる。〕
△約束の日がさしかかってきた。/约定日期迫近了。
△そろそろ雨季に差し掛かる。/不久就要到雨季。
(3)垂悬,笼罩在……上shang。〔かぶさる。〕
△木の枝が塀にさしかかっている。/树枝垂悬在墙上。
[9]あつらえむき◎【アツラエムキ】
【名·形动】
(1)正合适,正适宜。(要求にぴったり合っている様子。)
△初学者にあつらえむきの本。/适合初学者的书。
(2)恰好,正合理想。((まるで注文して作ったように)望み通りである様子。)
△あつらえむきの天気。/正合适的天气。
△テニスにはおあつらえむきの体。/对于打网球是正合适的体格。
[10]富士見【ふじみ】
【日本地名】
[11]雨後①【うご】
【名】
雨后。(雨上がり。)
△雨後の竹の子。/雨后春笋。
[12]生き生き③【いきいき】
【副·自サ】
活泼,生气勃勃『成』,生动,栩栩如生『成』。(元気で、活気のあるさま。新鮮で生気が溢れているさま。)
△生き生きした表情。/生动的表情。
△生き生きした描写。/生动的描写。
△生き生きした魚。/活生生的鱼;鲜鱼。
△この絵は生き生きとしている。/这幅画生动逼真活泼。
[13]蘇る③④【よみがえる】
【自动·一类】
(1)苏生,复活(死んだ人,死にかけた人が,息を吹き返す。生き返る。蘇生する)。
△よみがえったような心地がした/觉得死而复苏。
△ひと雨降って草木はよみがえった/一场雨过后草木复苏了。
(2)复兴,复苏(衰えたものがまた盛んになる)。
△記憶が蘇る/想起了忘掉的事。
△なつかしさが蘇る/怀念之情重新浮现起来。
[14]車窓◎【しゃそう】
【名】
车窗。(列車·電車·自動車などの窓。)
△車窓の景色を眺めて楽しんだ。/欣赏车窗外的景色。
[15]山々【やまやま】
【名·副】
(1)群山。(あの山この山。)
△伊豆の山々。/伊豆群山。
(2)很多。(たくさん。)
△つもる話の山々。/很多要说的话。
(3)很想……。(そうしたいのだが。)
△結婚したいのは山々だが、相手が見つからない。/虽然很想结婚,但找不到对象。
△映画を見たいのは山々だが、見にいく時間がない。/电影是很想看的,但没有去看的时间。
[16]くっきり②【くっきり】
【副】
特别鲜明,显眼,清楚。(明らかに際立っている。)
△青空に山がくっきり見える。/在蔚蓝的天空可以清楚地看见山峰。
△青い空にくっきり浮かんだ白い雲。/鲜明地浮在蔚蓝色天空里的白云。
[17]女中◎【じょちゅう】
【名】
(1)女佣人,女仆,老妈子『俗』,帮忙的,保姆;女服务员。受雇于家庭、旅馆、饭馆等从事做饭、打扫卫生等劳动的妇女。(家庭や旅館·料理屋などに雇われて、炊事·掃除その他の用をする女性。〔近年「お手伝いさん」と呼ぶ〕)
△台所女中。/厨房的女仆。
△女中を置く。/雇用女仆。
△女中奉公に出る。/去当女佣人。
△女中をして働く。/做女佣人。
△女中入用。/征求女佣人。
(2)女官,侍女,女中。在宫中或将军家、大名家等服侍的女性。(宮中や将軍家·大名家などに仕えている女性。)
(3)对女性的敬称。(女性に対する敬称。)
△お女中。/女士。
[18]春めく③【はるめく】
【自动·一类】
有春意,有春色。(春らしくなる。)
△春めいた風。/带着春意的风。
[19]うっとうしい⑤【うっとうしい】
【形】
(1)郁闷,阴郁,沉闷。沉重而阴暗。心情不愉快。〔気分·天候がよくない。重苦しく陰気である。〕
△気分がうっとうしい。/心情郁闷。
△うっとうしい天気。/阴郁的天气。
(2)厌烦,不痛快。因为碍事而讨厌的。令人厌烦,麻烦的。腻烦的。〔わずらわしい。妨げになってうるさい。〕
△髪の毛がのびてきてうっとうしい。/头发长这么长真腻人。
[20]雨空【あまぞら】
将要下雨的天空;正在下雨的天空.【名】
欲雨的天空
[21]くっつける④【くっつける】
【他·二类】
(1)把……粘上,把……贴上。(物と物とをすきまなくぴったりつける。)
△のりでくっつける。/用糨糊贴上。
△セロハンテープで壁にくっつける。/用透明胶带贴在墙上。
△割れた花瓶を接着剤でくっつける。/用粘合剂把打破的花瓶粘上。
(2)使靠近,使挨上。(中心となるもののそばに置く。また、関連させる。)
△机をくっつけて並べる。/把桌子并起来。
△肩をくっつけるようにして歩く。/肩挨着肩地走。
△鼻をくっつけるようににおいをかぐ。/鼻子贴近东西闻味儿。
△小舟を親舟にくっつける。/使小船靠近大船。
(3)拉拢,拉住。纠集。撮合。(従わせる。味方にする。)
△政界の大物を味方にくっつける。/把政界的大人物拉到自己这一边。
(4)<俗语>撮合(男女),促成。尤指使男女成婚。(俗に、男女を親しくさせる、特に夫婦にすることをいう。)
△あいつと彼女をむりやりくっつける。/把那家伙和她硬配成一对夫妻。
[22]上方◎【かみがた】
【名】
上方。都城方面,京都及其附近的地方。亦指京都、大阪地方和广阔的近畿地方。(〔「かみ(上)」は皇居のある所の意〕都の方面。京都およびその付近。また、京阪地方や広く近畿地方をいう。)
△上方芸能。/上方文娱;京阪文娱。
[23]空中◎【くうちゅう】
【名】
空中;天空。(地面·水面には直接つながっていない上方の空間。)
△飛行機が空中を飛ぶ。/飞机在天空飞行。
△空中給油。/空中加油。
△空中滑走。/空中滑翔。
△空中曲芸。/[飛行機の]花样飞行;特技飞行;空中表演;空中艺术。
△空中撮影。/空中(航空)摄影;空中照相。
△空中写真。/空中拍的照片。
△空中戦。/空战。
[24]まい‐くる?う【舞い狂う】マヒクルフ
〔自五〕
常軌を逸したようにはげしく舞う?
[25]蒸す①【むす】
【他动·自动·一类】
(1)蒸。(湯気をとおして熱する。ふかす。)
△いもを蒸す。/蒸白薯。
△冷たくなったご飯を蒸す。/把凉了的饭蒸〔馏〕一下。
△ひげを蒸す。/蒸热胡子。
△蒸しタオル。/热毛巾。
(2)闷热。(風がなく温度·湿度が高くて、暑さがこもるように感じられる。むしむしする。)
△きょうはひどく蒸すねえ。/今天多么闷热呀!
[26]時折◎【ときおり】
【副】
有时,偶尔。(時々。)
△時折思い出したように訪ねてくる。/他时而惦记着来看望我。
△時折小雨がぱらつく。/偶尔下点小雨。
[27]頼りない④【たよりない】
【形】
(1)无依靠的。(頼れる人·ものがない。)
△頼りない身の上。/无依无靠的境遇。
(2)没把握,不放心,不可靠。(頼みにならない。)
△ 頼りない人。/不可靠的人。
△頼りない返事。 /靠不住的回答。
[28]雪国②【ゆきぐに】
【名】
(1)多雪的地方,雪乡,雪国。(雪が多く降る地方。降雪量の多い国。)
△雪国育ち。/在多雪的地方长大的。
(2)川端康成的小说。(小説。川端康成作。一九三五(昭和一〇)~47年連作形式で発表。48年完結出版。雪国の温泉町を舞台に、東京人島村と芸者駒子、少女葉子の微妙な心の動きをとらえ、繊細な哀れの美しさを描く。)
[29]麗らか②【うららか】
(1)〔天気が〕明媚,晴朗.
(1)〔天気が〕明媚,晴朗.
△うららかな日/晴朗的日子;艳阳天.
△うららかな日ざし/明媚的阳光.
(2)〔心が〕开朗,舒畅.
△うららかな気分である/心情舒畅.
△うららかな顔つき/喜笑颜开『成』.
[30]待ち構える⑤【まちかまえる】
【他动·二类】
(做好准备而)等待,等候。(用意をして待っている。待ち設ける。)
△機会を待ち構える。/等待机遇。
[31]塩梅◎【あんばい】
【名】
(1)咸淡;味道。(料理の味加減。)
△塩梅がいい。/味道很好;咸淡合适。
(2)情形,情况。〔状態·ぐあい。〕
△ずっとお天気の塩梅もいい。/天气情况一直很好。
(3)方法。(ほどよく物事を処理すること。)
△適当に塩梅しておけ。/好好处理(安排)。
(4)〔身体)状况。(からだの具合。健康状態。)
△良い塩梅に。/祝你身体健康。