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第十五課 道草 上外 《新编日语阅读文选》第一册

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第二页有解说,不要错过哟^_^)y ——《新编日语阅读文选》第一册

《新编日语阅读文选》第一册

季林根 陆静华编

上海外语教育出版社

这一课晚霞姐姐没有讲,所以什么笔记没有( ̄▽ ̄")

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第十五課  道草

隣のジラルダンと僕は、おない年の十一だった。

その日、お昼を食べて、二人はまた学校へ出かけた。毎日学校へ通うことが、もう十一年も続いているような気がして、僕は、いつもよい生徒(せいと)になっていることに飽き飽きした。

歩いている途中、ジラルダンが不意に言い出した。

「ね、お昼から学校を休もうじゃないか」

この誘いの言葉が、僕の耳のどうのへんに止まったかは、はっきりしないが、それが、僕の心臓をわくわくさせたことは確かだった。なぜ、もっと早くそのことに気がつかなかったのだろう、なんと僕は間抜けだろう、と思った。

今まで僕を押さえつけていた重たいものが、ひょっこりと取れたように、気がせいせいした。

僕たちは勇み立って(いさみたつ精神振)、大急ぎで出かけた。まっすぐに、普段親たちに行ってはいけないと禁じられている所へ行った。

そこは川べりだった。ほんとは、それほど危険なところではなかった。川には細かい(こまかい)水が、ちょろちょろ流れているだけだった。

僕たちは、キャーキャー言いながら、流れへ駆け下りた。そして、靴を脱いで、足を洗った。この流れを大川だと思って暴れ(あばれる胡)ようと相談した。僕たちは素っ裸(すっぱだか)になった。

水は、やっと踵(かかと脚跟)が浸かる(つかる)くらいしかなかった。でも、僕たちは、腹ばいになって、ポチャポチャト泳ぐ真似(まね)をした。今不意に大水が出たらいいなあ、と僕たちは思った。そうなったら、泳いでみせるさ、と得意になった。そのくせ、実は二人とも丸で泳げなかった。

もう裸に飽きたので着物を着た。

それから、素敵な午後が始まった。二人は道を歩かないで、わざと畑の中を歩いた。歩くのではもの足りないので、駈け出した。

思いきり駆け回った。僕たちは、自分の手と足を、自由自在に使うことができて、なんて幸福だろう、としみじみ感じた。僕たちは、すっかりいい気持になった。何のために僕たちが生きているのかが、初めてわかったような気がした。

二人は、時々しゃがんでは休んだ。それは、僕たちが動かないでいようと思えば、動かないでもいられるのだ、ということを確かめだった。それから、長い間歩きまわって、さまざまなものを見つけ出した。また長い間駆け回った。畑の中や、生垣(いけがき)のそばなどにとまって休んだ。青空は、頭の上に広々とのびている。寝ころんでいるの大地(だいち)はあらゆる生物を守り育てる神であるという感じを、しみじみ味わった。僕たちの胸の中には、若々しい動物のような血が流れている。

ところが、そのうちに、僕たちの心の上に、ふとその反対の気持ちがかぶさってきた。僕たちは、今まで、まるで二匹の動物のように、勝手気ままに動き回っていたのだ。それなのに、ふたりは、だんだん元気がなくなってきた。

それは、後で罰を受けることを考えて、急にしょげたのではなかった。ぼくたちは、うっかりしていたのだ。ただ動き回るだけの動物の生活は寂しいものだということが、ジラルダンも僕も、その時はっきりとわかった。

四時の放課の時間がくれば、素直に学校へ行った生徒のような顔をして、家へ帰ることができるのだが、まだだいぶ間があった。

僕たちは、すっかり退屈してしまった。そして、体の中にうずうずしていた楽しみを、今はもうすっかり使い果たしてしまったように感じた。

ジラルダンは僕に開いた。「今日の宿題はなんだっけ。」「理科だたよ」と話しているうちに、ぼくは、彼を先生にして昨日習った理科の復習をやってみたくなった。

次は社会科だった。僕がジラルダンから、ナポレオンの誕生日を教わったのは、この日だった。今でも忘れずにいる。

二人は同じ気持ちで立ち上がった。

「学校へ行こうよ!」

僕たちは学校へ行く道に出だ。が、どうしても校門を潜る(くぐる)わけにはいかなかった。運よく、学校の裏に空き地があった。夏のことだったので、教室の窓は開けっ放しになっていた。僕たちが壁に身をすりつけて、窓の下に立っていると、本を読む声が、はっきり聞こえてきた。

僕たちは、窓の下に隠れて、まるで町に入ることを禁じられている悪い人のようなみすぼらしい姿をして、立っていなければならなかった。二人は、先生の言葉を一言も聞き逃すまいと耳をそばだてた。

体が教室の外にあったが、こころは出席しているのと同じだった。

四時になった。組の者が学校から帰る時には、ぼくたちは、びくびくしながら壁の後ろに隠れて、みんなが列を作って出て行くのを見送らなけれならなかった。みんなはなんといい一日を送ったことがだろう。みんなの顔には、ふだん怠け者(なまけもの)の子の顔にさえも、はっきりと勉強をしたあとの知識の光が輝いているように見える。

もしかすると、あのみんなは、今日午後の時間に僕たちが一生(いっしょう)知らないで過すような大切なことを、ちゃんと教わったかもしれない。みんなは、僕たちを追い抜いてしまったに決まっている。僕たちは、どうしたらみんなに追いつけるだろう

みんなが帰るまで、ジラルダンと僕は、教室の窓の下に、じっと立っている

麦の芽出版会「たのしい国語5」による

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