だんだんと薄暗くなってきた。いつまで行っても、先の角はあった。もうここらで引き返そう[1] と思った。自分は何気なくわきの流れを見た。向こう側の斜めに水から出ている半畳敷きほどの石に黒い小さいものがいた。いもりだ。まだぬれていて、それはいい色をしていた。頭を下に傾斜[2] から流れへ臨んで、じっとしていた。体から滴れた[3] 水が黒く乾いた石へ1寸ほど流れている。自分はそれを何気なく、しゃがんで[4] 見ていた。自分は先ほどいもり[5] は嫌いでなくなった。とかげ[6] は多少好きだ。やもり[7] は虫の中でも最も嫌いだ。いもりは好きでも嫌いでもない。10年ほど前によく蘆[8] の湖でいもりが宿屋の流し水の出る所に集まっているのを見て、自分がいもりだったらたまらないという気をよく起こした。いもりにもし生まれ変わったら自分はどうするだろう、そんなことを考えた。そのころいもりを見るとそれが思い浮かぶので、いもりを見ることを嫌った。しかしもうそんなことを考えなくなっていた。自分はいもりを驚かして水へ入れようと思った。不器用に体を振りながら歩く形が思われた。自分はしやがんだまま、わきの小まりほどの石を取り上げ、それを投げてやった。自分は別にいもりをねらわなかった。ねらってもとても当たらないほど、ねらって投げることの下手な自分はそれが当たることなどは全く考えなかった。石はコツといってから流れに落ちた。石の音と同時にいもりは4寸ほど横へ跳んだように見えた。いもりはしっぽ[9] を反らし、高く上げた。自分はどうしたのかしら、と思って見ていた。最初石が当たっ、たとは思わなかった。いもりの反らした尾が自然に静かに下りてきた。するとひじ[10] を張ったようにして傾斜[11] に堪えて、前へついていた両の前足の指が内へまくれ込むと、いもりは力なく前へのめってしまった。尾は全く石についた。もう動かない。いもりは死んでしまった。自分はとんだことをしたと思った。虫を殺すことをよくする自分であるが、その気が全くないのに殺してしまったのは自分に妙な嫌な気をさした。もとより自分のしたことではあったがいかにも偶然だった。いもりにとっては全く不意[12] な死であった。自分はしばらくそこにしゃがんでいた。いもりと自分だけになったような心持ちがして、いもりの身に自分がなってその心持ちを感じた。かわいそうに思うと同時に、生き物の寂しさをいっしょに感じた。自分は偶然に死ななかった。いもりは偶然に死んだ。自分は寂しい気持ちになって、ようやく足元の見える道を温泉宿のほうに帰ってきた。遠く町外れ[13] の灯が見え出した。死んだはちはどうなったか。その後の雨でもう土の下に入ってしまったろう。あのねずみはどうしたろう。海へ流されて、今ごろはその水ぶくれ[14] のした体をごみといっしょに海岸へでも打ち上げられて[15] いることだろう。そして死ななかった自分は今こうして歩いている。そう思った。自分はそれに対し、感謝しなければすまぬような気もした。しかし、実際喜びの感じはわき上がってはこなかった。生きていることと死んでしまっていることと、それは両極[16] ではなかった。それほどに差はないような気がした。もうかなり暗かった。視覚[17] は遠い灯を感ずるだけだった。足の踏む感覚も視覚を離れて、いかにも不確かだった。ただ頭だけが勝手に働く。それがいっそうそういう気分に自分を誘っていった。
3週間いて、自分はここを去った。それから、もう3年以上になる。自分は脊椎カリェスになるだけは助かった。
『志賀直哉全集第2巻』による
[1]引き返す③【ひきかえす】
【自动·一类】
(1)返回,折回。(進んできた道をもとへ戻る。ひっかえす。)
△途中から引き返す。/半路上折回,半路返回。
△いま来た道を引き返した。/顺着刚才来的路返回去了。
△進むことも引き返すこともできない。/进退两难。
(2)相反。(反対にする。うってかわって。)
△昨年に引き返して今年は暖かい。/和去年相反,今年暖和。
[2]傾斜◎【けいしゃ】
【名·自动·三类】
(1)倾斜;倾斜度。(かたむいて斜めになること。また、その度合。かたむくこと。かたむき。〔地〕地層面などと水平面との角度。クリノメーターで測定する。勾配。傾斜角。)
△後方へ傾斜する。/向后倾斜。
△地盤がゆるんで傾斜した。/因为地盘松软而倾斜了。
△坂の傾斜は15度ぐらいある。/斜坡的倾斜度有十五度左右。
△傾斜儀。/倾斜仪;测斜仪。
△傾斜角。/倾斜角。
(2)倾向。(心などが一定の方向に引きよせられること。気持ちが動くこと。)
△彼女への心の傾斜をおさえきれなかった。/对她的倾心难于抑制。
[3]滴る②【したたる】
【自动·一类】
(1)滴,滴落。(水などが、しずくになって垂れ落ちる。)
△木の葉からしずくが滴る。/从树叶上滴下水珠。
(2)表示非常鲜艳,非常美丽。(美しさや鮮やかさがあふれるばかりに満ちている。)
△新緑滴るばかり。/青翠欲滴。
△水の滴るよう。/娇滴滴。
[4]しゃがむ◎【しゃがむ】
【自动·一类】
蹲,蹲下(ひざを折り曲げて腰を落とす。かがむ)。
△落としたものをしゃがんで取る/蹲下捡起掉的东西。
△物陰にしゃがむ/蹲在背阴处。
[5]いもり【いもり】
〈動〉蝾螈
[6]トカゲ◎【とかげ】
【名】
<動>蜥蜴,四脚蛇。(有鱗目トカゲ亜目スキンク科に属する爬虫類の総称。広義にはトカゲ亜目に属する爬虫類を指し、イグアナ、ヤモリ、カメレオン、カナヘビ、アガマなどを含む。)
△平均すると、ヘビはトカゲ類より大きく、成長すれば体重も大幅に増える。/平均来说,蛇是大于蜥蜴,成长后体重将大幅增加。
[7]やもり【やもり】
〈動〉守宫,壁虎
[8]蘆【あし】
芦,芦草,苇
[9]尻尾③【しっぽ】
【名】
(1)尾巴。(動物の尾。)
△尻尾を立てる/竖尾巴;翘尾巴。
△尻尾を垂れる/搭拉尾巴。
△尻尾を巻いて逃げる/夹起尾巴跑开;打退堂鼓溜开。
△犬は主人を見ると盛んに尻尾を振った/狗一看到主人,就不停地摇尾巴。
(2)尾状物。(細長いものの、端。)
△たくあんの尻尾/咸萝卜梢儿。
(3)末尾,末端。(順位の一番後ろ。)
△いちばん尻尾だ/在最后;落在最后。
△あんなことをしていてよく尻尾を出さないものだ/搞那种勾当,竟然还没露出马脚来。
△しまいに尻尾を出すだろう/终究会露出狐狸尾巴来。
△なかなかやつの尻尾がつかめない/总抓不住他的尾巴〔把柄〕。
[10]肘②【ひじ】
【名】
(1)肘,胳膊肘子。(上腕と前腕とを繋ぐ関節。また、その折曲げた時の外側の部分。)
△肘を曲げる。/曲肘。
△肘を張る。/支开胳膊肘。
△肘で押し分けて割り込む。/用胳膊肘推开挤进去。
△肘を枕にする。/曲肘为枕。
△机に片肘をつく。/一只胳膊肘儿支在桌上。
(2)肘形物。((1)の形に曲がって突き出しているもの。)
△いすの肘。/椅子扶手。
[11]傾斜◎【けいしゃ】
【名·自动·三类】
(1)倾斜;倾斜度。(かたむいて斜めになること。また、その度合。かたむくこと。かたむき。〔地〕地層面などと水平面との角度。クリノメーターで測定する。勾配。傾斜角。)
△後方へ傾斜する。/向后倾斜。
△地盤がゆるんで傾斜した。/因为地盘松软而倾斜了。
△坂の傾斜は15度ぐらいある。/斜坡的倾斜度有十五度左右。
△傾斜儀。/倾斜仪;测斜仪。
△傾斜角。/倾斜角。
(2)倾向。(心などが一定の方向に引きよせられること。気持ちが動くこと。)
△彼女への心の傾斜をおさえきれなかった。/对她的倾心难于抑制。
[12]不意①【ふい】
【名·形动】
冷不防,忽然,突然,抽冷子,意外,想不到,出其不意。(思いもよらないこと。思いがけないこと。意外。)
△不意のできごと。/突如其来的事情。
△不意の来客。/没想到的客人,不速之客。
△不意をうつ。/突然袭击,出其不意。
△不意を突かれる。/给来了个冷不防,被突然袭击。
△敵の不意を突く。/攻敌不意。
△むかしの友だちが不意にたずねてきた。/老朋友突然来访。
[13]町外れ③【まちはずれ】
【名】
郊外,市郊。(町の家並みが終わろうとする辺り。町の外れ。)
△農業試験場は町外れにある。/农业试验场在郊外。
[14]水ぶくれ【みずぶくれ】
水泡>表皮内もしくは表皮下に組織液がたまって水様に透けてみえるものをいう。米粒大以下のものを小水疱という。熱傷(やけど)による水疱はよく知られている
[15]打ち上げる④⑤◎【うちあげる】
【自他·二类】
(1)打上去,发射。(空高く上げる。)
△花火を打ち上げる。/放焰火。
△人工衛星を成功裏に打ち上げた。/成功地发射了人造卫星。
△内野フライを打ち上げる。/打了一个内场腾空球。
(2)波浪把东西冲上岸。(波が物を岸に運びあげる。)
△砂浜に波が打ち上げる。/波浪冲拍着沙滩。
△津波で大きな船が岸に打ち上げられた。/因为海啸大船被冲上岸来。
(3)结束。(一興行を終える。)
△3か月の芝居興行を打ち上げた。/结束了三个月的戏剧演出。
(4)拿掉。把对方的死棋从棋盘上拿掉。(死んだ相手の石を盤面から取り上げる。)
[16]両極◎【りょうきょく】
【名】
(1)两极;两极端。(「両極端」に同じ。)
△善と悪との両極。/善恶两极。
(2)两极;南极和北极。(北極と南極。)
(3)两极;阳极和阴极。(陽極と陰極。)
[17]視覚◎【しかく】
【名】
视觉。(目で見た時に起こる感覚。物を見る、神経の働き。)
△視覚を失う。/失去视觉。
△視覚が弱る。/视觉减弱。
△このデザインは視覚に強く訴える。/这个设计图案给人的视觉留下深刻印象。
△視覚器官。/视觉器官;视官。
△視覚中枢。/视觉中枢。
阿婆主是不是一个一个词条查找粘贴过来排版好的 真的辛苦了 不知道还有没有机会看到第八九课www
足に毛の生えた大きな川がにが石のようにじっとしている 川字后面缺了一个字就是;蟹
应该是没缺的,川がに→川蟹 这样