また正月になると、雑誌は懐旧[1] の情をさそう古い羽子板[2] 、こま[3] 、かるた[4] の類の特集を組んでいる。美しいグラビア[5] に刷られた[6] 昔の正月風俗の顔は、確かに郷愁[7] をよび起こすが、しかしそれをそっくり[8] 現代に持ってきたり、それに執着[9] しすぎたりするのには反対だ。
それに、そうしたものを、ある時期捨てたのは、戦後の生活の苦しさより、やはり戦前の古い生活形態や戦争中のいまわしい記憶が、そこにまっわりっいていたからである。正月の晴れ着[10] や、かるた[11] 取りや、福笑い[12] で楽しかづた子供時代の懐かしさにかまけて[13] 、古い亡霊[14] まで呼び出すのでは、何ともやり切れない。誰だって、戦後30年をむだに暮らしたわけではない。亡霊はもういなくなったと思って古い部屋の鍵をあけたら、またそれのとりこになる、では、戦後が何のためにあったか、わからなくなる。
そういうことを踏まえたうえで、私は日本の正月気分のありがたさを改めてかみしめている。門松[15] にしても、追い羽根[16] の音にしても、座敷にさしこんでくる初日影[17] にしても、すべて日本の文明感覚がつくりあげた芸術品なのだ。そこにある新鮮なすがすがしさ。書き初めの墨のにおい。百人一首[18] を読む娘たちの声――いずれも、落ち着いた暮らしの中から生まれた生活の〈詩〉なのである。
そこには、正月だといってとりつくろったところもない。お祭り騒ぎ[19] もない。静かに暮らしている人が、静かに眼をあげて、新春[20] の空に見入っている気配がある。年賀状にもそうした心があって、はじめて、正月のすがすがしさに人の世の懐かしさが漂う。
私は相変わらず人気のない場所へ逃げ出すだろうが、いまではその心持ち[21] は追っている。それは正月から逃げるのではなく、自分流に深く正月気分を味わうため、と分かっているからだ。初日影を静かに受けるためだけでも、正月はあってくれたほうがいい——今年あたりはむしろそんな気持ちでいる自分を感じる。
「時刻のなかの肖像」(『新現代文上』右文書院)による
[1]懐旧◎【かいきゅう】
【名】
怀旧,回顾往事。(昔のことを、なつかしく思い出すこと。懐古。)
△懐旧の念。/怀旧的心情。
△懐旧談。/怀旧之谈。
[2]羽子板②【はごいた】
【名】
毽球板,毽子板。(羽根突きに使う長方形の板。桐·杉などを用い、絵を描いたり、押し絵をつけたりする。遊戯用のほか飾り用ともする。)
△羽子板市。/羽子板市(位于浅草的浅草寺,是东京都内最著名的观光景点之一。)。
[3]駒◎【こま】
【名】
(1)马驹子,小马。(子馬。)
(2)马。(馬。)
△栗毛の駒にうちまたがる。/骑栗色的马。
(3)棋子。(将棋。)
△駒を動かす。/走棋子。
△敵の駒を取る。/吃掉对方的棋子。
△持ち駒。/手里的棋子。
(4)琴马。(楽器の弦を支え、その振動を胴に伝えるために、弦と胴の間に挟むもの。)
△駒をかける。/放上琴马。
(5)(刺绣用的)工字形线轴。(刺繍糸を巻くときに用いるエの字形をした糸巻き。)
[4]歌留多①【かるた】
【名】
(日本)纸牌,骨牌,扑克牌。(遊戯または博奕の具。小さい長方形の厚紙に、種々の形象または詞句·短歌などを書いたもの数十枚を数人に分け、形象·詞句·短歌に合わせて取り、その取った数によって勝負を定める。花札·歌ガルタ·いろはカルタ·トランプなど種類が多い。特に、歌ガルタ·いろはカルタを指す。多く、正月の遊び。)
△1組の歌留多。/一付纸牌。
△歌留多をくばる。/发牌。
△歌留多をめくる。/翻牌。
△歌留多取り。/玩和歌纸牌游戏。
[5]グラビア◎【ぐらびあ】
【名】【英】gravure
(1)照相凹版。指利用照相方法制成图像部分低于空白的凹印版。(写真製版法による凹版印刷。版面は、原画の色の濃淡に応じた深さの微細な凹点からなり、これによってインキ層の厚薄を生じ、画像の濃淡を表現する。写真·図版などの印刷に用いる。)
(2)用(1)的方法印刷出来的照片等。((1)で印刷された写真などのページ。グラビアページ。)
△巻頭のグラビア/卷头的照相凹版图片。
(3)写真,或者写真偶像。「グラビアアイドル」的简称。
[6]刷る①【する】
【他五】
印刷。(印刷する。布に木型を押し当てて、彩色したり、模様を染め出したりする。)
△紙幣を刷る。/印刷纸币。
△初版は4,000部刷った。/第一版印刷了4000部。
△年賀状を100枚刷らせた。/请人印了100张新年贺卡。
[7]郷愁◎【きょうしゅう】
【名】
(1)乡愁,怀念故乡的忧伤的心情。(他郷にあって故郷を懐かしく思う気持ち。ノスタルジア。)
△故国への郷愁を覚える。/引起思乡之情。
(2)怀念,思念,想念。(過去のものや遠い昔などにひかれる気持ち。)
△古き時代への郷愁。/怀念旧时。
[8]そっくり③【そっくり】
【副形動】
(1)全,全部,完全;原封未动。(余すところがない様。のこらず。)
△参考書をそっくり写す/把参考书完全抄下来。
△給料をそっくり妻に渡す/把工资原封不动地交给妻子。
△他人の財産をそっくりいただく/侵吞他人的全部财产。
△だされた料理をそっくりたいらげる/端出来的菜吃得干干净净。
(2)一模一样,极象。(非常によく似ているさま。)
△父親にそっくりだ/极象父亲。
△あの子はお母さんそっくりになってきた/那孩子变得和他妈妈一模一样了。
△そっくりさん/酷似名人〔演员〕的人。
[9]執着◎【しゅうちゃく】
【名】【自动·三类】
贪恋,留恋,不肯舍弃,执著,固执(ある物事に強く心がひかれること。心がとらわれて,思いきれないこと)。
△生に執着する/贪生。
△旧習に執着する/固守旧习。
△この世に執着する/贪恋人世。
△現在の地位には執着しない/不留恋现在的地位。
△執着心/贪恋心;执著之念。
[10]晴れ着③◎【はれぎ】
【名】
盛装,华服。(晴れの場所に着て行く服。晴れ衣装。よそゆき。 )
△正月の晴れ着の娘さん。/新年盛装打扮的姑娘。
[11]カルタ①【かるた】
【名】【葡】carta
纸牌游戏,纸牌,骨牌,扑克牌。百人一首、扑克、纸牌等牌类中的牌的泛称。亦指此类游戏。(遊戯·博打(ばくち)に使う札。また、それを使ってする遊び。長方形の小さい厚紙に、絵や言葉が書いてあり、何枚かで一組になっている。歌ガルタ(百人一首)·いろはガルタ·花ガルタ(花札)·トランプなどの種類がある。)
△カルタ会。/扑克会;玩扑克的聚会。(日本多指百人一首和歌的竞技会。)
[12]福笑い③【ふくわらい】
是日本在新年传统的一种游戏,把眼镜蒙上,找五官的卡片,在脸上(一张大的图片)贴上。这也叫做“蒙眼摸像”。(正月の遊びの一。目隠しをして、輪郭だけが描かれたお多福やおかめの絵の上に、別に厚紙で作った目·鼻·唇などを並べ、出来上がりのおかしさを楽しむもの。)
[13]感ける③◎【かまける】
【自下一】
只忙于,专心于.
△子どもにかまけて本も読めない/只为孩子忙,连书都看不了.
△仕事にかまけて返事をかくひまがない/只忙于工作,无暇回信.只忙于,专心于
[14]亡霊◎【ぼうれい】
【名】
(1)亡灵,亡魂。(死者の魂。亡魂。また、幽霊。)
(2)亡灵,比喻已经不存在的东西。(過去にはあったが、現在ではもはや存在していないもののたとえ。)
△ナチの亡霊。/纳粹的亡灵。
[15]門松②◎【かどまつ】
【名】
门松(新年在门前装饰的松树或松枝)。(正月に,家の門口に立てる松の飾り。本来は年神の来臨する依り代で,中世以降,竹を一緒に飾ることが多い。松飾り。)
△門松を立てる。/在门前装饰上门松。
[16]追い羽根◎【おいばね】
【名】【自动·三类】
打羽毛毽子。(正月の女の子の遊び。二人で一つの羽根をつきあう。羽根突き。)
△追い羽根をつく。/打羽毛毽子。
[17]はつひかげ【初日影】[3]
〔雅〕元日の朝日の光?
[18]百人一首【ひゃくにんいっしゅ】
百人一首和歌选;用百人一首和歌选制做的纸牌.【名】
(由一百名诗人作品中每人选出一首组成的)百人一首和歌选
[19]お祭り騒ぎ⑤【おまつりさわぎ】
【名】
庙会的嘈杂热闹,节日的狂欢;乱吵乱闹,无谓的嘈杂,借着空儿热闹一场。(祭礼のときのにぎやかな騒ぎ。転じて、浮かれてはでに騒ぐこと。)
[20]新春◎【しんしゅん】
【名】
新年,新春。((新年をことほいでいう)新年。はつはる。)
△新春のあいさつ。/新年贺辞。
△新春のお祝いを申し述べます。/致以新春的祝贺。
△新春早々。/新年伊始。
[21]心持ち◎⑤④【こころもち】
【名】【副】
(1)心情,心绪,心境,情绪,感觉。(外界の刺激に応じて変わる心の状態。)
△子を持って、親の心持ちがわかった。/有了孩子才体会到做父母的良苦用心。
(2)稍微,稍稍,略微。(それほどはっきりと感じられるわけではないが、そう言われれば そうも思われる程度であることを表わす。)
△心持ち傾いている。/有点倾斜。