このため、私どもはタラップの最後から二段目から飛び降り[1] ねばならなかった。靴の裏が、ゴビ草原にくっついたとき、驚くべきことは、大地が淡い香水[2] をふりまいたように薫って[3] いることだった。風はなく、天は高かった。その天の一角に、少女のほおのように灰赤い雲が浮かんでいる。その雲まで薫っているのではないかと思えるほどに、においが満ちていた。「これは、何のにおいですか。」
と、ツェベクマさんを振り返った。彼女は慣れているせいか、私の質問をちょっと解しかねる表情をした。が、やがて、
「ゴビのにおいよ。」
と、誇りに満ちた小さな声で言った。
人さし指ほどの丈のニラ[4] 系統の草が、足元でごく地味な淡紫色の花をつけている。それがその辺り一面の地を覆い、その茎[5] と葉と花が、はるか地平線のかなたにまで広がっているのである。
その花のにおいだった。空気が乾燥しているため花のにおいも強いに違いなく、要するに、一望何億という花が薫っているのである。
「羊の好物。」
と、ツェベクマさんが言った。このとき彼女の一人娘のイミナが、レニングラード[6] 大学の最初の休暇で帰ってきたときに言ったという言葉を、私は思い出した。
「よその国の草はにおわない。」と、彼女は真っ先に母親に報告したそうである。うその草のようだ、とも彼女は言った。さらには、卒業したらまっすぐにモンゴルへ帰る、モンゴルが世界のどこよりもいい、と言って、その母親を喜ばせた。イミナ嬢が言ったという言葉の意味が、私はゴビ草原へ来てやっと理解できた。
[1]飛び降り◎【とびおり】
【名】
跳下。(高い所から飛びおりること。または、進行中の乗物などから飛びおりること。)
△ビルから飛び降り自殺をする。/跳楼自杀。
[2]香水◎【こうすい】
【名】
香水。化妆品之一,用酒精溶解浸泡香料制成。喷洒在身体或衣服上从散发的香气中得到快乐。(化粧品の一。香料をアルコールに溶かしたもの。身体·衣服などに振りかけて、香りを楽しむ。)
△香水を吹きかける。/喷上香水。
△香水入りせっけん。/香皂。
△香水のにおいがぷんぷんする。/香水味儿很冲。
[3]薫る③◎【かおる】
【自五】
散发香气。(いいにおいが、あたり一面にする。)
△風が吹くと何処からかいい香りが薫ってくる。/一刮风就不知从哪儿吹来香味。
[4]にら◎②【にら】
【名】
韭菜。(ユリ科ネギ属の多年草。葉は長さ20~30センチメートルで扁平、全体に強い臭気がある。春の葉は柔らかく美味。夏、紫色をおびた白い小花を束状につける。原産地は東アジアとされ、古く中国から渡来。日本各地で食用として栽培。古名こみら·みら。)
△にら炒め。/炒韭菜。
[5]茎②【くき】
【名】
茎;秆;梗。(高等植物において、植物体を支え、根か吸収した水分や養分を師部·木部を通して各部に運ぶ器官。)
△葉状茎。/叶状茎。
[6]レニングラード【レニングラード】
列宁格勒