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ヤドカリ
10年ぐらい前の、僕にとってはひどく暇な夏の夜、道を歩いていく1匹のヤドカリ[1] を見つけたことがあった。道路の隅[2] をセカセカ[3] と歩いては立ち止まり、ため息をつくようなそぶりを見せてはまた歩みを速めた。
たぶんデパートか夜店[4] で売られたヤドカリが、飼われて[5] いた狭い水槽[6] から逃げ出したのであろう。大通り[7] を横切り[8] 路地[9] を曲がり、目的地に向かって一心[10] に急いでいるようであった。どこに行こうとしているのだろう。後をついていった。
午前零点に東京の本郷[11] を歩いていたヤドカリは、2時間後には湯島[12] にさしかかって[13] いた。その方角[14] で歩いていけばまもなく上野[15] 、その先が浅草[16] 、そして東京湾[17] に入る。そうか、ヤドカリは歩いて海に帰るつもりなのか。アスフアルト[18] の上でため息をつきながら、しかしその歩みは速かった。迎え入れてくれる海を目ざして、迷うことなく道を急いでいた。それはヤドカリの自由への逃走であった。
あの汚れた東京湾より、もう少しマシ[19] な海に連れていってやりたいと僕は思い始めていた。何度か躊躇[20] した後で、そのヤドカリを拾い上げた。家に連れて帰った。自由への逃走[21] を挫折[22] させられたヤドカリは、ひどく落胆[23] してしまったようであった。餌も食べずに箱の隅でしょんぼり[24] していた。
翌朝[25] 、朝一番[26] の特急[27] に僕はそのヤドカリを連れて乗った。汽車が海岸線[28] に出てきて潮風[29] が伝わってくると、まだ気落ち[30] していたヤドカリは、にわかに[31] 騒がしくなってきた。ありったけ[32] の力で僕に抵抗をした。千葉の館山[33] で下車[34] して洲崎[35] 行きのバスに乗る。以前によく行ったことのあった房総半島[36] の突先[37] の海岸に向かった。
海岸に立つと、夏の太平洋の香りの強い浜風[38] が僕の衣服をバタつかせた[39] 。かつてよくサザエ[40] 取りに岩場[41] まで来ると、ヤドカリ[42] は渾身の力を振り絞って僕の手を押し広げた。そうして岩の上へと飛び降りていった。体じゅうに波を浴びて、岩陰[43] に隠れ去っていった。
僕は砂浜の落花生[44] 畑を横切り[45] 松林[46] を歩いて、国道[47] にと戻ってきた。バスに乗り、汽車に乗って東京に帰る。もしかすると重い殻[48] を背負って海へと急いでいたヤドカリの健康な走りに生きることへの迷うことなき逃走[49] に、僕は少しだけ羨望[50] の思いを持っていたのかもしれなかった。
迎え入れてくれる海を目ざして走っていく、それは僕たちがすでに失ってしまった逞しさであるように思えた。僕たちはいつごろから、生きようとする衝動をこれほどまでに失ってしまったのであろうか。まるで生きることが憧れではなくなってしまったようだ。
[1]やどかり【やどかり】
〈動〉寄居蟹,寄居虫
[2]隅①【すみ】
【名】
(1)角落。(囲まれた区域のかど。)
△かばんを部屋の隅に置く。/把皮包放在屋角。
△隅から隅まで捜す。/找遍了各个角落。
△都会の片隅。/大城市里的一个角落。
△この辺は隅から隅まで知っている。/这一带的情况一清二楚。
△重箱の隅をつつく。/对不值得的琐事刨根问底;吹毛求疵;钻牛角尖。
(2)不是当中。(場所の中央でないところ。)
△おや、あなたもなかなか隅に置けないね。/哎呀,没想到您还真有两下子哩!
[3]せかせか①【せかせか】
【副】
急急忙忙,慌慌张张。(動作·態度が忙しそうで落ち着きのないさま。)
△中年の婦人がせかせかと店に入って行った。/一个中年妇女急急忙忙地进了商店。
[4]夜店◎【よみせ】
【名】
(1)夜摊儿,夜市。(夜間、路上で物を売る店。)
△夜店を出す。/摆夜摊儿。
△夜店をひやかして歩く。/逛夜市。
(2)夜店,妓院。(遊郭で、夜間見世を張ること。また、その見世。)
[5]飼う①【かう】
【他动·一类】
养,饲养。(飼養する。)
△牧場で羊を飼う。/在牧场养羊。
[6]水槽◎【すいそう】
【名】
水槽;贮水槽,水箱。(水を蓄えておく入れ物。)
△ガラス張りの水槽に熱帯魚を飼っている。/在玻璃水槽里养着热带鱼。
[7]大通り③【おおどおり】
【名】
(1)大道,大路,大街,(大)马路。(道幅の広い通り。)
△大通りや路地。/大街小巷。
△大通りのつきあたり。/大街尽头。
△大通りを横切る。/横过马路。
△横町から大通りに出る。/从胡同走上大街。
(2)(町中の)主要街道。(本通り。)
△平和大通りは広島県広島市のメインストリートの一つです。/平和大道是广岛县广岛市的主干道之一。
(3)(个别地方)商业街,购物街。(商店街。)
△地方部では商店街などを大通りと称している場合がある。/局部地方会把商业街称为「大通り」。
[8]横切り【よこぎり】
【名】
横跨,亦读作「よこきり」(「よこきり」とも,道などをよこぎること。
[9]路地①【ろじ】
【名】
(1)胡同,小巷;弄堂『方』。(家と家との間の狭い通路。)
△路地裏にすむ。/住在小巷里。
△行き止まりの路地。/死胡同。
△路地口。/胡同口。
(2)甬道胡同;小巷;(门内,庭院的)通道;茶室的院子。〔門または庭の。〕
[10]一心③【いっしん】
【名】
(1)同心,齐心,一条心,一个心眼儿ge。(二人以上の人が心を一つにすること。)
(2)专心,一心一意。(一つの物事に集中した心。専心。)
△一心に本を読む。/专心读书。
△一心に傾聴する。/专心谛听。
△人の一心ほど恐ろしいものはない。/天下无难事,只怕有心人。
△彼女は一心に英語の勉強をしている。/她专心致志地学习英语。
(3)佛教语,一心。唯一绝对之心,作为万象根源之心。(〔仏〕 唯一絶対の心。すべての現象の根源としての心。真如。)
[11]本郷【ほんごう】
【日本地名】
[12]湯島【ゆしま】
【日本地名】
[13]差し掛かる④◎【さしかかる】
【自动·一类】
(1)来到,临到,靠近,路过。〔その場に来る。〕
△汽車がトンネルへ差し掛かる。/火车就要开进隧道。
△船が海峡にさしかかっている。/船正在驶进海峡。
△峠に差し掛かると雨が降ってきた。/来到山顶上的时候下起雨来了。
(2)逼近,临近。〔まぎわになる。〕
△約束の日がさしかかってきた。/约定日期迫近了。
△そろそろ雨季に差し掛かる。/不久就要到雨季。
(3)垂悬,笼罩在……上shang。〔かぶさる。〕
△木の枝が塀にさしかかっている。/树枝垂悬在墙上。
[14]方角◎【ほうがく】
【名】
(1)方位。(方位。)
△南の方角。/正南方位。
(2)方向。(方向。進路。向き。)
△方角違いの方へ行く。/走错方向。
△火事はどちらの方角だ。/失火是在哪个方向?
△私はよそへ行くといつも方角がわからなくなる。/我一出门就总是分不清东南西北。
[15]上野◎【あがの】
【名】
日本地名。(日本の地名。福岡県田川郡福智町。)
△上野焼。/福冈县上野的陶器。
[16]浅草④【あさくさ】
【日本地名】
东京市内传统气息很浓的商业区。(東京都台東区の一地区。浅草寺の周辺は大衆的娯楽街。)
[17]東京湾【とうきょうわん】
东京湾,是一个位于日本关东地区的海湾,因与东京接壤而得名。古称江户湾。
[18]アスフアルト【あすふあると】
沥青
[19]増し◎【まし】
【名·形动】
(1)增,增加,增多。〔増すこと。〕
△支出が月に2割増しになる。/一个月支出增加二成。
△日増しに暖かくなる。/一天比一天暖和起来。
△増し払い金。/附加付款;追加付款。
△増し賃。/另收费用,追加费。
△増し時間。/增加的时间,超时。
(2)(比)好〔强〕些,(与其……)不如(宁可)……;胜过,胜于。(他と比べて勝っていること。)
△ないよりは増しだ。/有胜于无。
△こんなものなら,ないほうが増しだ。/这样的东西,不如没有〔没有反倒好〕。
△どっちもどっちだが,まだこのほうが増しだ。/两个都不怎么样,但还是这个好些。
△出かけるよりも家でテレビを見ているほうが増しだ。/与其到外边去,不如在家看电视。
△もっと増しな服はないのか。/有没有更好一点的衣服?
△もう少し増しなことを言え。/你再说点象样的话!
[20]躊躇①【ちゅうちょ】
【名】【自动·三类】
踌躇,犹豫(ためらうこと。ぐずぐずすること)。
△躊躇なくおこなう/断然实行。
△そのことを言いだすのは多少の躊躇があった/说出那件事多少有过顾虑。
△いささかも躊躇することなく承知した/毫不犹豫地答应下来。
△彼は帰ろうか帰るまいかと躊躇した/是否回去,他犹豫不决。
[21]逃走◎【とうそう】
【名·自动·三类】
逃走,逃跑。(逃げること。)
△逃走をくわだてる。/企图逃跑。
△逃走経路。/逃走路线。
[22]挫折◎【ざせつ】
【名·自动·三类】
挫折,失败。(中途でくじけ折れること。)
△いくたびも挫折感を味わう。/多次感到灰心丧气。
△どんな困難にあっても挫折しない。/尽管碰到什么样的困难也不气馁。
△相手の計画を挫折させる。/挫败对方的计划。
△彼は一度の失敗で挫折するような人じゃない。/他不是那种因一次失败就会丧失勇气的人。
[23]落胆◎【らくたん】
【名·自动·三类】
灰心,气馁。(失望してがっかりすること。)
△落胆の色が濃い。/沮丧的情绪毕露。
△ひとりっ子に死なれて彼は落胆している。/他为独生子死去而沮丧。
[24]しょんぼり③【しょんぼり】
【副·自动·三类】
孤零零(地)(de),垂头丧气,无精打采。(元気がなく、さびしそうなさま。)
△しょんぼり立っている。/无精打采地站着。
△彼はしょんぼりと帰ってきた。/他垂头丧气地回来了。
[25]翌朝◎【よくあさ】
【名】
第二天早晨,次日早晨。(翌日の朝。あくるあさ。)
△翌朝早く出発した。/第二天早上很早就出发了。
[26]朝一番【あさいちばん】
一大早,大清早;早上第一件要做的事(口语中可省略为也可以略为“ 朝一(あさいち) ”)
[27]特急◎【とっきゅう】
【名】
(1)特快,特别快车。〔「特別急行」の略。〕
△特急の停車駅。/特快列车停车站。
△特急で東京へたつ。/坐特快上东京去。
△特急券。/特快车票。
(2)火速,赶快。〔特に急ぐこと。大至急。〕
△特急でお願いします。/火速办理为盼。
[28]海岸線◎【かいがんせん】
【名】
(1)海岸线。(陸と海との境界線。)
△海岸線は、波による侵食、堆積作用、地殻運動による隆起と沈降、海水準変化などによってその位置が変化しやすい。/由于受到海浪的侵蚀、堆积作用以及因地壳运动而发生的隆起或是沉降,海岸线的位置经常发生变化。
(2)沿海铁路线。(海岸に沿った鉄道線路。)
△神戸市営地下鉄海岸線。/神户市营的地下铁沿海铁路线。
[29]潮風②【しおかぜ】
【名】
海风。(海から吹く塩けを含んだ風。)
△潮風が吹いてくる。/吹来阵阵海风。
[30]気落ち◎【きおち】
【名】【自サ】
气馁;沮丧
[31]俄に【にわかに】
突然,忽然。
にわかに暑くなった。/突然热起来了。
[32]ありったけ◎【ありったけ】
【名】
全部,一切。(あるもの全部。ある限り。)
△ありったけの力を出す。/拿出全副力量。
△ありったけぶちまける。/全都说出。
[33]館山【たてやま】
【日本地名】
[34]下車①【げしゃ】
【名】【自サ】
下车。(汽車·電車·自動車などの乗り物から降りること。降車。)
△この駅で下車するのですか。/在这个站下车吗·
△下車前途無効。/下车后(车票)作废。
△下車ボタン。/下车按钮。
[35]洲崎【すざき】
【日本地名】
[36]ぼうそう‐はんとう【房総半島】バウ‥タウ
千葉県の南半部(安房?上総)をなす半島?東と南は太平洋に面し(外房)?西は三浦半島と共に東京湾を抱く(内房)?海岸は国定公園?
[37]突先◎【とっさき】
【名】
尖端。()
△
[38]浜風【はまかぜ】
海风,潮风,海滨的风.【名】
海边上的风;海风
[39]衝く◎【つく】
【他动·一类】(「突く」とも書く)
(1)捅、扎、刺、戳、顶、叉、盖、冲。以棒状物的顶端瞬间猛推,亦指刺进去。(棒状の物の先端で瞬間的に強く押す。または、突き刺す。)
△指先で衝く。/用指尖戳。
△銛で衝く。/用鱼叉叉。
△ 衝き飛ばす。/冲飞。
(2)攻击,冲击。进攻对方的弱点等。(相手の弱点などを攻める。)
△敵陣を衝く。/冲击敌阵。
(3)冲、刺、呛。强烈刺激内心或感觉器官。(心や感覚器官を鋭く刺激する。)
△鼻を衝く匂い。/呛鼻的气味。
[40]さざえ①【サザエ】
【名】
〈动〉蝾螺,拳螺,海螺。(リュウテンサザエ科の巻き貝。北海道南部から南の暖流の影響を受ける岩礁に分布。貝殻は殻高約10センチで厚く、こぶし状をなし、太いとげのような突起をもつものが多い。)
△さざえの壺焼き。/在壳里烤的海螺。
△サザエさん。/海螺小姐。长谷川町子的同名四格漫画,最开始连载是1946年。其同名动画是一部长寿的日本国民动画,从开播至今已经有近40年,依然保持着每周20%左右的高视听率。(長谷川町子による日本の漫画、およびそれを原作とするテレビアニメ。また、その主人公である「フグ田サザエ」の呼び名である。)
[41]岩場【いわば】
岩石多而裸露的地方
[42]やどかり【やどかり】
〈動〉寄居蟹,寄居虫
[43]岩陰【いわかげ】
【名】
岩石后方或者下方被遮挡住看不见的地方。(岩の後ろや下に隠れて見えない所。岩がくれ。 )
[44]落花生③◎【らっかせい】
【名】
〈植〉落花生,花生;花生米,花生仁。(ナンキンマメの別名。)
△落花生油。/花生油。
[45]横切り【よこぎり】
【名】
横跨,亦读作「よこきり」(「よこきり」とも,道などをよこぎること。
[46]松林【まつばやし】
【名】
松树林;松林【日本地名】
[47]国道◎【こくどう】
【名】
国道。公路。(全国的な幹線道路網を構成し、都道府県庁所在地や重要都市を連絡する道路。政令で指定される。一般国道と高速自動車国道とがある。)
△京浜国道。/京滨(东京横滨间的)公路。
[48]殻②【から】
【名】
(1)外壳,外皮。(中身のなくなったもの。)
△缶詰の殻。/罐头盒。
(2)外皮,壳。(外部を覆っている固いもの。)
△卵の殻。/蛋皮,鸡蛋壳儿。
△くりの殻。/栗子皮。
△貝の殻。/贝壳儿。
△もみ殻。/稻壳。
(3)蜕,外皮,皮。(内部の空虚となった外皮。)
△へびの殻。/蛇蜕。
△せみの脱け殻。/蝉蜕。
△せみが殻から抜け出る。/蝉从外壳儿里脱出。
(4)独自的空间。(独自の世界。)
△自分の小さな殻に閉じこもる。/把自己关在小房里。
[49]逃走◎【とうそう】
【名·自动·三类】
逃走,逃跑。(逃げること。)
△逃走をくわだてる。/企图逃跑。
△逃走経路。/逃走路线。
[50]羨望◎【せんぼう】
【名·他动·三类】
羡慕,艳羡。(うらやましく思うこと。)
△仲間の羨望の的となった。/成了伙伴们所羡慕的对象。
△他人の羨望を集める。/赢得别人的羡慕。
△羨望に堪えない。/不胜羡慕之至。
△羨望のまなざしで見る。/用羡慕的眼光看。
这里缺少了半句,第二页 もしかすると、こんな暮らし方を、文明の発達度が低い証というのかもしれない。
不错