やがて、のろのろ[1] と画面が明るさを帯び始めた。どこからともなく幽霊が漂ってくるかのように、画面が出るまで時間がかかった。いや、出たというより、出たのか出ないのか分からないような画面だった。
薄ぼんやりとしていて、鮮明[2] さがまるでない。かすかに弱弱しく[3] 揺れている。前面のガラスが汚れているのかなと思い、男は手のひらで擦ってみた。しかし、依然[4] としてぼやけたままだった。
テレビの音声[5] 部分も、画面とおなじように生気[6] がなかった。疲れた病人のような、かすれた[7] か細い声で、よく聞き取れない。
「おい、しっかりしろよ」
おとこはテレビのセットを叩いて[8] みた。機械の故障は、叩くことによって、さっと[9] 直ることがある。しかし、今回はそうも行かなかった。叩いてから数秒間は、瞬間的に画像や音声が鮮明になるのだが、直ぐ気力を失うかのように、ぼやけたものへと戻ってしまう。チャンネルを切り替えても、ダイヤル[10] を弄っても、その状態に変わりはなかった。
男は手を額にあたる。自分ではそう思っていないが、急に年をとったのじゃないかとの疑念[11] が頭に浮かぶ。老いという言葉が、心の中で明滅[12] する。視力、聴覚[13] 、触覚[14] の神経[15] 、それらが老化[16] したため、あたりのものがこんな風に感じられるのじゃないだろうか。いやな気分が、体の中を通り抜けて[17] いった。
玉手箱[18] をあけた浦島太郎[19] のようなことが、おれの身に起こったのだろうか。眠っている間に、いっぺん[20] に老年へ移ってしまったという現象が…
そんな居た堪れない[21] 気分を振り払おう[22] と、男は洗面所[23] の鏡の前へ行き、覗き込んだ。曇っているというのか、鏡も反射力をだいぶ失っていた。不安に怯えながらも、かれは顔を近づける。
[1]のろのろ①【のろのろ】
【副·サ変自】
迟缓,慢吞吞地。(動きが遅いさま。)
△のろのろした動作/迟缓的动作。
△のろのろと進む/缓慢地前进。
△交通が混雑していたのでのろのろ運転をしなければならなかった/由于交通混乱,不得不慢吞吞地开(车)。
[2]鮮明◎【せんめい】
【名】【形動】
鲜明;清晰;清楚。(あざやかであきらかなこと。はっきりとしている。)
△鮮明度。/清晰度。
△鮮明な色彩。/鲜明的色彩。
△テレビの鮮明な画像。/电视的清晰的图象。
△鮮明さを欠く。/不够清晰;模糊不清。
△旗色を鮮明にする。/使旗帜鲜明。
△鮮明なコントラストをなしている。/形成了鲜明的对照。
△印刷が鮮明だ。/印刷清楚。
△今も鮮明に覚えている。/现在也还记得清清楚楚。
[3]弱弱しい④【よわよわしい】
【形】
孱弱,软弱。(いかにも弱そうである。力や元気がなさそうである。)
△弱弱しいからだつき。/软弱的体质。
[4]依然◎【いぜん】
【形動·副】
依然,仍然,仍旧,照旧。(前と変わらないさま。もとの通りであるさま。)
△旧態依然として変わりがない/依然旧态,没有变化。
△依然解決の見こみがたたない/仍然没有解决的希望。
[5]音声①【おんせい】
【名】
声,声音。(人間が何かを伝える目的で、音声器官を使って意図的に出す音。)
△音声が荒れている/嗓音坏了。
△音声がはっきりしている/声音清楚。
△音声学/语音学。
△音声器官/发音器官。
△音声記号/发音符号;音标。
△音声言語/声音语言; 口头语言。
△音声多重放送/多重声音广播。
[6]生気①【せいき】
【名】
生气,生机。(いきいきした気力。活気。)
△生気があふれる。/朝气蓬勃。生气勃勃。
△生気をあたえる。/赋予生机。
△生気をとりもどす。/恢复生机。
△生気がある。/有朝气。
△生気がない。/没生气, 没朝气。
[7]掠れる③【かすれる】
【自动·二类】
(1)嘶哑。(声がよく出ないでしわがれる。)
△声を出しすぎてのどが掠れる。/嗓子喊哑了。
(2)写出飞白。(墨·インクなどが十分に付かないで、文字の線や描いた一部分が消え消えになったり切れたりする。)
△字が掠れる。/写的字露出飞白。
[8]叩く②【たたく】
【他动·五段】
(1)敲(主に指で);叩(こぶしで);打(力を入れて);拍(手のひらで軽く);捶,擂。(棒·こぶしで打つ。)
△戸を軽く叩く。/轻轻敲门。
△肩を叩く。/捶肩膀。
(2)打,敲打。(打つ。)
△頭を叩く。/打脑袋。
△棒で空かんを叩く。/用木棍敲打空罐头。
(3)询问(質問する);征求。(広くたずね求める。)
△人の意見を叩く。/询问别人的意见。
△老師の門を叩く。/到老师家登门请教。
△いろいろな人の意見もたたいてみた。/也征求了许多人的意见。
(4)拍手,鼓掌,击掌。(拍手。)
△じょうずに歌を歌ったのでみんな手をたたいた。/因为歌唱得很好,听众鼓了掌。
△手をたたいて人を呼ぶ。/拍手叫人。
(5)攻击;驳斥。(まちがった意見を非難する。)
△あいつをたたいてやる。/狠狠地教训一下那家伙。
△彼の映画は評論家にたたかれた。/他的电影受到了评论家的攻击。
(6)压价,还价。(ねぎる。)
△これ以上たたかれては,もうけにならない。/要是再压价,就没有赚头了。
[9]颯と①【さっと】
【副】
(1)突然刮风下雨(急に、または瞬間的に、風が吹いたり雨が降ったりするさま)。
△風が颯と吹き抜けた。/突然刮起了风。
(2)突然发生某事(急に、または非常に短い時間で物事が行われるさま)。
△颯と身をかわす。/突然闪开。
△顔色が颯と変る。/突然变了脸色。
[10]ダイヤル◎【ダイヤル】
【名】【英】dial
(1)调谐度盘,刻度盘。(ラジオなどの文字板。)
△ラジオのダイヤルを合わせる。/调收音机。
(2)号码盘,拨号盘。(電話の数字盤。)
△ダイヤルをまわす。/拨电话号码。
[11]疑念◎【ぎねん】
【名】
疑念;疑问。(疑いの心。うたがい。)
△疑念を抱く。/怀疑。
△疑念を晴らす。/解疑。
△疑念が生じている。/产生疑问。
[12]明滅◎【めいめつ】
【名】【自サ】
闪烁,明灭。(明りが明るくなったり消えたりすること。明りをつけたり消したりすること。)
△ネオン·サインが明滅する。/霓虹灯忽明忽灭。
[13]聴覚①◎【ちょうかく】
【名】
听觉。(音を感じる感覚。空気中の音波の刺激を受けて生じ、発音する脊椎動物と昆虫にのみ発達。哺乳類では外耳から入った音が鼓膜や耳小骨などを経て感覚神経に伝えられる。)
△聴覚がするどい。/听觉敏锐。
△聴覚を失う。/丧失听觉;耳聋。
[14]触覚◎【しょっかく】
【名】
触觉。(物に触れたときに生じる感覚。)
△触覚器官。/触觉感官。
[15]神経①【しんけい】
【名】
(1)神经(脳からでて、体中にひろがっている糸のような器官。体の各部のようすや感じを脳につたえ、また、脳の命令を伝達する)。
△脳神経。/脑神经。
△末端神経。/末梢神经。
△神経がまひする。/神经麻庳。
△歯の神経を抜く。/拔去牙神经,杀牙神经。
△運動神経が発達している。/运动神经发达。
△神経細胞。/神经细胞。
△神経管。/神经管。
△神経外科。/神经外科。
△神経生理学。/神经生理学。
△神経組織。/神经组织。
△神経単位。/神经原,神经细胞。
△神経鞘。/神经鞘q。
△神経分節。/神经原节。
△神経網。/神经网。
(2)神经,感觉,精神作用(ものごとを感じるはたらき)。
△神経が太い。/不拘小节,满不在乎,脸皮厚。
△神経を静める。/镇静神经。
[16]老化◎【ろうか】
【名·自サ】
(1)老化。生物或物质的机能和性质衰退的现象,如机体的老年性变化,橡胶、塑料等时效劣化等。(生物あるいは物質の機能や性質が、時間の経過に伴って衰える現象。生物体の老年性変化、ゴム·プラスチックなどの経年劣化など。加齢。劣化。エイジング。)
△ゴム製品の老化防止剤。/橡胶制品的老化防止剂。
(2)衰老。因上年纪而身体机能低下。(年をとること。年をとって体の機能が低下すること。)
△体の老化が始まっている。/(身体)开始衰老。
[17]通り抜ける⑤◎【とおりぬける】
【自动·二类】
穿过。(一方から入って向こう側へ出る。)
△人ごみを通り抜ける。/穿过人群。
△番兵のいるところを通り抜けようとする。/想要穿过岗哨。
△この路地は通り抜けられません。/这条胡同穿不过去。
[18]玉手箱③【たまてばこ】
【名】
(1)(浦岛太郎在龙宫从龙王公主手里得到的)玉匣。(浦島伝説で、浦島が竜宮の乙姫おとひめからもらい受けたという箱。)
(2)收藏重要物品的小盒子。(転じて、秘密にして容易に他人に明かさない大切なもの。)
[19]浦島太郎【うらしまたろう】
浦島説話の主人公である「浦島の子」の、御伽草子以降の呼び方。また、その伝説。丹後国の漁師浦島は、ある日助けた亀の誘いで海中の竜宮に行き、乙姫の歓待を受ける。土産に玉手箱をもらって村に戻ると、地上ではすでに300年が過ぎていたので、厳禁されていた玉手箱を開けてしまうと、白い煙とともにたちまち老翁となってしまう。
[20]一変◎【いっぺん】
【名·自他动·三类】
一变,完全改变。突然改变。(すっかり変わること。また、変えること。)
△形勢が一変する。/形势一变。
△彼の病情が一変した。/他的病情突然转变。
△テレビは民衆の娯楽を一変させた。/电视使群众的娱乐为之一变。
[21]居た堪れない⑤【いたたまれない】
【連語】【形】
呆不下去,无地自容,如坐针毡.
△痛いところを突かれていたたまれなくなった/被揭了疮疤十分尴尬.
△恥ずかしくてその場にいたたまれなくなる/羞得无地自容.
△暑くていたたまれずへやを飛びだした/热得呆不了从屋里跑出去了.呆不下去,无地自容,如坐针毡
[22]振り払う④【ふりはらう】
【他动·一类】
抖落;掸去。(からだを振ったりなど、手段を尽くして離そうとする。)
△ちりを振り払う。/抖掉灰尘。
△相手の手を振り払う。/甩开对方的胳膊。
[23]洗面所◎⑤【せんめんじょ】
【名】
(1)盥洗室,化妆间。(洗面、化粧の設備を備える室。)
△ちょっと洗面所に行ってくる。/去一下盥洗室马上回来。
(2)厕所,洗手间。(便所、手洗い。)
△すみません。洗面所はどこですか?/不好意思,请问洗手间在哪?