ここらは、背後に防砂林[1] の迫った、ごくありふれた、狭い砂浜で、ちょっと見には湘南[2] あたりの海岸とかわらない。だが海の青さにまして、何と砂のきれいなことだ。
私は海を眺めるのも忘れて、しゃがみこみ[3] 、砂を手にすくってみる。白いというのでもない、黒いというのでもない、よく見れば茶色の粒や不透明なガラスの粉[4] のようなのも混じっている。それが明るい大きな空の下で、遠目に白白[5] と映えるのであるらしい。
私は手に取って見るだけでは足りなくて、空き瓶[6] を拾って、地質[7] 学者みたいにこれに詰めた[8] 。それは今私の机の上に砂時計のように立っている。小さな黒い海鳥の羽毛も一本、そこにささっている。
なんとも子供じみた[9] 振る舞いと思われるかもしれないが、海辺育ちの私は、そんな砂を前にしては平静でいられない。昔のことがいちどきに戻ってくるようだ。まわりにまるで誰も人がいないのも、遠い昔に返ったみたいだ。
ひょっとすると、今度の旅行の最大の印象は、日本海の「雄壮を誇る大観光船」についではこの砂粒[10] かもしれない。もちろんこのあとで歩いた大砂丘でも、次の日に見に行った白兔海岸でも、私は砂の研究を怠らなかった[11] が、最初の感激でもう十分のようであった。
国鉄[12] の急行の呼称[13] にも、観光バスの愛称にも、はては、饅頭の名前にもなっている「白兔」――その名を冠した[14] 海岸には私は幼児園以来興味を抱いている。まさかワニザメ[15] はいないだろうが、蒲[16] の穂[17] ぐらいははえているだろうと思っている。
来て見ると、何のいわくもなさそうな、のどかな浜辺で、こまかく打ち寄せる白波が目にしみる[18] 。子供の頃、近所に稲葉君という子がいたので、私は「稲葉の白兔」という綽名[19] をつけてやったことがある。そんなつまらぬことが思い出される。
[1]ぼうさりん【防砂林】
〈環境〉 防沙林
[2]湘南【しょうなん】
地名
[3]しゃがみ‐こ?む【しゃがみ込む】
〔自五〕
しゃがんでしまう??落胆のあまり?その場に―?んだ?
[4]粉◎【こな】
【名】
粉末。(砕けて細かくなったもの。)
△米の粉。/米粉。
△ひいて粉にする。/磨成粉面。
[5]しろじろ【白白】
很白hěn bái,雪白xuěbái,特别tèbié白.
▲ ~とした顔/雪白的脸.
[6]空き瓶◎【あきびん】
【名】
空瓶子。(中に何も入っていない瓶。からびん。)
△ビールの空き瓶。/空啤酒瓶。
[7]地質【ちしつ】
〈地〉地质.
地質学/地质学.
[8]詰める②【つめる】
【自动】
(1)填满,填塞。(ふさぐ。)
△箱に詰める。/把箱子塞满。
(2)塞进,装入。(すきまなく詰め込む。)
△荷物をかばんに詰める。/把东西装到皮包里。
△パイプにタバコを詰める。/把烟装到烟斗里。
△弁当を詰める。/装饭盒。
△この掛けぶとんには羽毛が詰めてある。/这个被子里絮着羽毛。
(3)挨紧,靠紧,挤紧。(すきまをなくす。)
△行間を詰める。/挤紧行间。
△本を詰めてならべる。/把书靠紧摆放。
△列と列との間を詰める。/把队列间隔靠紧。
△もっと字を詰めて書きなさい。/字要再紧凑些写。
△奥へお詰め願います。/请往里边靠紧。
(4)使得出结论。(結論を出す。)
△話し合いを詰める。/协商达成协议。
△議論を詰める。/统一议论。
△指を詰める。/割指盟誓。
△内容を詰める。/讨论内容。
(5)缩小,缩短。(寸法を縮める。)
△行間を詰める。/缩小行距。
(6)(热心地)继续做。持续做。(ある物事を集中して行う。)
△根を詰める。/追根究底。
(7)节俭,节省。(切りつめる。)
△ 暮らしを詰める。/节俭度日。
(8)深究。打破砂锅问到底。(細かい点まで話を決める。)
△ 考えを詰める。/深入思考。
(9)(将棋)将军,将死。(将棋で、敵の王将の逃げ場がないようにする。)
△ 王将を詰める。/将死王将。
△ 通い詰める。/反复往返。
[9]染みる◎【じみる】
【造语】
(1)沾上,沾污。(それがしみついて汚くなる意を表す。)
△ 汗染みる。/沾上汗。
△ あかじみたシャツ。/沾上污垢的衬衫。
(2)好像,仿佛。(体言に付いて、そういうもの、様子、状態らしく感じられる意を表わす。)
△ 年寄り染みる。/仿佛老了;老人一般。
△ じみた格好。/似的样子;一般的样子。
[10]砂粒【すなつぶ】
沙粒.
[11]怠る◎③【おこたる】
【他动·一类】
(1)懒惰,怠慢,懈怠,放松(しなければならないことを,なまけ心や不注意によりしないままでいる。なまける。さぼる)。
△怠らずに勉強する/不懈地学习。
△職務を怠る/玩忽职守;失职。
△そうしたあいだにも彼は学習を怠らなかった/就是在那个期间,他对学习也没松懈。
(2)疏忽,大意(油断する。気がゆるむ)。
△注意を怠る/疏忽大意;放松警惕。
△仕事をするのに注意を怠ってはいけない/做工作不要大意。
△手入れを怠ると故障する/要是放松养护,就会引起故障。
[12]国鉄◎【こくてつ】
【名】
日本国营铁路。(「日本国有鉄道」の略。)
△国鉄労働組合。/国营铁路工会。
[13]呼称◎【こしょう】
【名】【他サ】
(1)名称;叫做,称为,名为。(名前;名づけること。)
△正式な呼称。/正式名称。
△公式に記念公園と呼称する。/公开称为纪念公园。
(2)呼号。(号令。)
△体操の呼称はなんですか。/体操的呼号是什么?
[14]冠する①【かんする】
【他动·三类】
(1)冠戴,戴帽子。(冠かんむりをかぶせる。冠をかぶる。転じて、元服する。)
△王冠を冠する。/戴王冠。
(2)冠上,冠名。(修飾語·接頭語、また称号などを、上にかぶせる。)
△企業名を冠した試合。/企业冠名的比赛。
[15]鰐鮫②【わにざめ】
【名】
〈动〉大鲨鱼。(性質の荒いサメの俗称。)
[16]蒲【かば】
〈植〉宽叶香蒲.
[17]穂◎【ほ】
【名】
(1)穗。(稲や麦、すすきなどの長い花軸の先に花や実が密集してついたもの。)
△麦の穂。/麦穗。
△すすきの穂。/芒穗。
△穂が出る。/出穗;抽穗。
△たわわに実った稲の穂。/沉得低下头的稻穗。
△落ち穂拾い。/拾麦〔稻〕穗。
(2)(物的)尖端。〔とがったものの先。〕
△やりの穂。/矛头;枪尖。
△筆の穂。/(毛)笔尖。
[18]目に染みるめにしみる
①煙などが目に入って痛く感じる?
②目を強く刺激する?色彩の鮮やかなこと?印象の強いことにいう??新緑が―?
③見あきる?世間胸算用3?かたわきには?今に天人唐草目にしむ?
[19]綽名【あだな】
绰号,外号