「だって、わたしなぞは、旅先ででもなければ本もゆっくり読めないんです者。」妻はいかにも不満そうな顔をして僕のほうを見た。
「ふん、そうかな。」本当を言うと、僕はそんなことには何も苦情を言うつもりはなかった。ただほんのちょっとだけでもいい、そういう妻の注意を窓の外に向けさせて、自分と一緒になって、そこいらの山の端に真っ白な花を群がらせて[1] いる辛夷の木を一、二本見つけて、旅のあわれ[2] を味わってみたかったのである。
そこで、僕はそういう妻の返事には一向[3] 取り合わず[4] に、だが、少し声を低くして言った。
「向こうの山に辛夷の花が咲いているとさ。ちょっと見たいものだね。」
「あら、あれをご覧にならなかったの。」妻はいかにもうれしくってしようがないように僕の顔を見つめた。
「あんなにいくつも咲いていたのに。」
「うそを言え。」今度は僕がいかにも不平そうな顔をした。
「私なんぞは、いくら本を読んでいたって、今、どんな景色で、どんな花が咲いているかぐらいはちゃんと知っていてよ。」
「何、まぐれ[5] 当たりに見えたのさ。僕はずっと木曽川のほうばかり見ていたんだもの。川のほうには」
[1]群がる③【むらがる】
【自动·一类】
聚,聚集。(多くのものが一つ所に集まる。むれをなす。)
△群がって襲いかかる。/合伙袭击。
△人々は出口にいっせいに群がった。/人们一下子都聚到出口。
△砂糖にありが群がる。/蚂蚁聚集在糖上。
△広場には人が群がっていた。/广场上聚集了许多人。
[2]哀れ◎【あわれ】
【名·形动】
(1)悲哀',悲伤。(悲しみ。)
△哀れな物語。/悲哀的故事。
△そぞろに哀れをもよおす。/不由得悲伤从中来。
(2)可怜。(かわいそうな状態。無惨な姿。)
△哀れな姿。/一副可怜相。
△哀れをそそる。/引起人怜悯。
△世の中に哀れな人びとは多い。/世上有很多可怜的人。
(3)寒碜,凄惨。(みじめ。)
△哀れな身なり。/褴褛的打扮。
△哀れな生活。/凄惨的生活。
(4)情感,情趣,悲切,哀伤。(しみじみとした趣き。)
△旅の哀れ。/旅愁。
△ものの哀れを解する人。/善于理解情感(富有情趣)的人。
[3]一向◎【いっこう】
【副】
完全,全然,一向,总,一点儿也……。(ひたすらなこと。純粋なこと。いちず。)
△一向(に)に平気だ。/完全不在乎。
△一向(に)に驚かない。/毫不惊慌(在乎)。
△一向(に)に便りがない。/一点儿消息也没有;总不来信。
△一向(に)に勉強する気配もみえない。/一点也看不出用功的样子。
[4]取り合う③◎【とりあう】
【自他动·一类】
(1)互相拉着手,手牵手。(互いに手と手を握る。)
△手を取り合って喜ぶ。/互相拉着手乐。
(2)争夺,夺取,互争。(互いに争って取る。)
△特売品を取り合う。/抢购廉价货。
△席を取り合う。/争夺坐位。
(3)理,理睬,答理,理会。成为对手,当做一回事。(相手になる。問題として取り上げる。)
△彼が何と言っても取り合わないがいい。/他说什么也不要理睬他。
[5]紛れ①【まぐれ】
【名】
偶然;侥幸。(思いがけず、ある結果になること。多く良い結果になることについていう。)
△彼が成功したのは紛れだ。/他的成功只是侥幸。
△球が紛れで当たる。/球偶然打中。
△紛れで答えが合っていた。/蒙对了。