私としては初対面だが、相手の顔まではよく分からないといったところだ。
初春の夕闇[1] の中に、あるかなきかの幽かなたたずまい[2] を見せて、ひっそりと息づいているかのごとく[3] である。さしあたって[4] は、
(なるほどね)
と言うだけにとどめ、詳しくは明朝[5] ということにして、浜坂[6] で下車、その晩は湯村[7] の温泉にとっぷり[8] 浸かって[9] 寝てしまう。陸[10] から海を見るばかりが能じゃないから、あいたは浜坂から香住[11] まで遊覧船に乗って、海中公園を探勝[12] してやろうという寸法[13] だ。
朝起きてみると、空は予想に反して上天気[14] 、遊覧船もちょうど本日――三月十五日――から運航[15] を開始する由[16] で、朝風呂[17] でつるつる[18] する顔を撫でながら、タクシーで船着場[19] に馳せつける。
浜坂[20] 港はどこにでもありそうな山陰の漁港[21] だが、まるで電気屋の店先みたいに沢山電球[22] をぶらさげた[23] 漁港がずらり[24] と並んでいるのは、あれがイか[25] 釣り舟[26] か。
足もとにひたひた[27] と寄せる[28] 水に、朝の陽がさして、勢のいい藻[29] が揺れているのが透いて[30] 見える。何処の海を見ても、このごろはまず水を透かしてみる。きれいか、濁っているか。昔の人はそんなことは考えもしなかったろうと思う。海の水はどこだろうと澄んでいるのが当り前だったろう。
それともこれはわれわれが汚い海しか知らなくなって久しいからで、この土地の人には真っ黒な海を想像しろと言っても、無理な注文かもしれない。とにかく、初めて見る日本海の水のきれいなこと、これはやっぱり印象的である。
防波堤[31] ごしに[32] 、沖[33] はと見ると、ほとんど波もうねり[34] も見せず、青々と大海原[35] がひろがっている。波荒き灰色[36] の日本海、なんていう概念的な言葉を口にしたら罰[37] が当りそうな、明るい、のどかな眺めだ。
[1]夕闇◎【ゆうやみ】
【名】
暮色,薄暮,黄昏,夜色苍茫。(夕方のうす暗さ。宵闇。)
△夕闇が迫る。/快要天黑。
△夕闇がしだいに濃くなって夜になろうとしていた。/暮色渐深快要入夜。
[2]佇い◎【たたずまい】
【名】
(1)存在状态,氛围。(立っているようす。また、そのものからかもし出されている雰囲気。)
△庭園の落ちついた佇い。/庭院宁静的氛围。
(2)生计,生活。(人の生き方、暮し方。また、生業。たたずみ。)
[3]如く【ごとく】
【助動】
如,如同,有如,……般。(〔助動詞「ごとし」の連用形から。現代語で、ややかたい文章語的な言い方として用いられる〕活用語の連体形や体言、またそれらに助詞「の」「が」の付いたものに接続して、「…のように」「…のようで」などの意を表す。)
△前に述べた如く。/如前所述;有如上述。
△仰せの如く。/如同您所说的。
△平常の如く。/象往常一样;照例。
△その論拠は次の如くである。/其论据如下。
△大波に船は木の葉の如くゆれた。/在波涛中船如树叶般地摇动。
[4]差し当たって◎【さしあたって】
【副】
目前,当前。(先のことはともかく、今のところ。今しばらくの間。当面。)
△差し当たって暮らしに困るようなことはない。/目前没有为生活所困。
[5]明朝①◎【みょうあさ】
【名】
(1)明晨,明天早晨。(あすの朝。みょうちょう。)
△明朝早く出発しよう。/明天一大早出发吧。
(2)明朝。(中国の歴代王朝の一つである。明朝あるいは大明とも号した。)
△明の衰亡。/明朝的衰亡。
[6]浜坂【はまさか】
【日本地名】
[7]湯村【ゆむら】
【日本地名】
[8]とっぷり③【とっぷり】
【副】
(1)天全黑貌。(日がすっかり暮れるさま。)
△まだ、とっぷりと暮れていない。/天还没全黑。
(2)满浸。满盖。饱蘸。(十分におおわれたり、十分につかったりするさま。どっぷり。)
△湖水にとっぷりとつかる。/全泡到湖水里。
[9]浸かる◎【つかる】
【自动·一类】
(1)浸,泡,淹。进入液体中,尤指入浴。(物が液体の中にはいる。ひたる。)
△ 湯に浸かる。/入浴。
(2)沉浸,沉湎。完全进入某种状态。(ある状態などにはいりきる。)
△ 安楽な生活にどっぷりと浸かっている。/沉浸在安逸的生活中。
[10]陸◎【おか】
【名】
(1)陆地。(陸地。くが。)
△陸の勤務。/陆上勤务;陆上工作。
△舟から陸が見える。/从船上可以看见陆地。
△彼は陸に上がったかっぱだ。/他是蛟龙出水有技难展。
(2)研墨部分,砚心。(硯の、墨をする所。)
(3)冲洗处。(風呂の流し場。あらいば。)
[11]香住【かすみ】
【日本地名】
[12]探勝◎【たんしょう】
【名】【自动·三类】
探访名胜。(景勝の地を訪ねて、その風景を楽しむこと。)
[13]寸法◎【すんぽう】
【名】
(1)尺寸,尺码,长短,大小。物的长度,成为基准之物的长度。(物の長さ。基準となる物の長さ。)
△上着の寸法をはかる。/量上衣的尺寸。
△寸法が狂う。/走了尺寸。
△寸法をはかりまちがえる。/量错尺寸。
△物差しで寸法をとる。/用尺量尺寸。
△これとあれは同じ寸法だ。/这个和那个一边儿大。这个和那个是一个尺寸;这个和那个大小一样。
△お帽子の寸法は。/您戴多大的帽子?
(2)(预定的)计划,安排,步骤,顺序。(筋書き。段取り。)
△寸法に入れる。/纳入计划。
△ちゃんと寸法ができている。/(我)已胸有成竹。
△彼のあとがまに君をすえようという寸法なんだ。/我计划让你接替他的工作。
△寸法が狂った。/计划被打乱了。
(3)情况。状况。(ありさま。)
△商売も今のところまあまあといった寸法です。/目前买卖的情况也就是勉强维持。
[14]上天気③【じょうてんき】
【名】
好天气。(よく晴れたいい天気。)
[15]運航◎【うんこう】
【名·自动·三类】
在航线上行驶,航行。(船·航空機が決まった航路を進むこと。)
△連絡船は一日二便運航している。/联络船一天航行两次。
[16]由①【よし】
【名】
(1)缘故,理由。(物事が起こった理由。)
△ 由ありげな顔。/似乎有什么来头的神色。
△ 由ありげなことば。/似乎话中有话。
△ 事の由を話す。/讲述事情的缘由。
(2)方法,手段。(そうするための方法。)
△ 知る由もない。/无法知道,无从获悉。
(3)听说。(伝え聞いた事情。)
△ お手紙によれば、近くご結婚なさる由、誠におめでとうございます。/据您来信说最近就要结婚,谨表衷心的祝贺。
△ 試験に合格の由、ただ今電報を受け取りました。/我刚接到电报说你这次考中了。
[17]朝風呂【あさぶろ】
晨浴
[18]つるつる①【ツルツル】
【副·形动·自动·三类】
(1)精光,溜光。(表面が滑りそうに滑らかなさま。)
△つるつるにはげている。/秃得精光。
△つるつるした頭。/光秃秃的头。
(2)溜滑,光滑。(滑らかに滑るさま。)
△道が凍ってつるつる滑る。/道路冻得溜滑。
(3)吸食面类食物的声音。(表面が滑らかなものを勢いよく続けて吸い込む音、また、そのさま。)
△そばをつるつると食べる。/哧溜哧溜地吃面。
[19]ふなつきば【ふなつきば】
水陆联络总站;水陆转运枢纽
[20]浜坂【はまさか】
【日本地名】
[21]漁港◎【ぎょこう】
【名】
渔港,渔船基地。(漁業の根拠地となる港。)
△近くに漁港ありますか。/这附近有渔港吗?
[22]電球◎【でんきゅう】
【名】
电灯泡。在充入惰性气体的玻璃球内,装上用钨丝做的灯丝,灯丝上通电,使其达到高温并发光,如白炽灯泡。(不活性ガスを封入したガラス球の中にタングステン線でつくったフィラメントを入れ、電流を通して発光させるもの。白熱電球。電気の球)
△白熱電球。/白炽灯(泡)。
△閃光電球。/闪光灯(泡)。
△電球を取り換える。/换灯泡。
△電球をソケットにつける。/把灯泡安在灯头里。
△電球が切れた。/灯泡坏了;灯丝断了。
[23]ぶら下げる【ぶらさげる】
【他动·二类】
(1)〔身に吊り下げる〕佩带,悬挂.
△イヤリングをぶら下げる/戴耳环.
△胸に勲章をぶら下げる/胸佩勋章.
△いつも銃を肩にぶら下げている/肩上总是挂着枪.
(2)〔手に下げて持つ〕提.
△バケツをぶら下げる/手提水桶.
△酒を1升ぶら下げる/提溜一升酒.
[24]ずらり【ズラリ】
【副】
一大排,成排地。(「ずらっと」に同じ。)
△各界の名士がずらり(と)顔をそろえた。/各界名人齐聚。
[25]いか◎【いか】
〈動〉乌贼,墨鱼,墨斗鱼。(軟体動物の一つ。)
[26]釣り舟◎【つりぶね】
【名】
钓鱼船;船形吊式花瓶(多为竹制)
[27]ひたひた②【ひたひた】
【副·自动·三类】
(1)(水)刚刚没过来的样子;逼近,迫近。(水が寄せてくるように物事が段々と迫ってくるさま。)
△敵がひたひたと押し寄せる。/敌军涌来。
(2)哗啦哗啦。(水などが繰り返し静かに打ち寄せて軽くものに当たる音や、そのさまを表す語。)
△ひたひたと波が岸辺を打つ。/波浪哗啦哗啦地拍打着岸边。
(3)快,迅速。(動作などがすみやかなさま。さっさと。)
[28]寄せる◎【よせる】
【自他动·二类】
(1)使……靠近,使……挨近,移近,挪近。〔近づける。〕
△車を左に寄せる。/让小汽车向左靠近。
△机をもっと壁のほうに寄せてください。/请把桌子再挪近墙些。
△彼女は顔を寄せて話した。/她把脸靠近我说话。
(2)召集,聚集,收集。把东西集中到一起。(一点に物などを集める。)
△不要品を一か所に寄せる。/把无用的东西归到一个地方。
△額にしわを寄せる。/皱起眉头。
(3)加,加数。(数を加える。)
△4と6を寄せると10になる。/四加六等于十。
△ふたりの収入を寄せても30万円にならない。/把两个人的收入加到一起也不到三十万日元。
(4)寄身,寄居,投靠。〔他人の家に一緒に住んでその世話になる。〕
△親戚に身を寄せる。/投靠亲戚。
(5)寄送,投寄。(送る。)
△手紙を寄せる。/寄信。
△雑誌に一文を寄せる。/给杂志投一篇稿子。
(6)借口,托故。不言明而假托的理由。(はっきりそれと言わずにことよせる。)
△何かに寄せて文句を言う。/找个碴儿就挑鼻子挑眼.
(7)寄托(思慕),寄予(同情),表示(关心等)。表示善意或同情。(好意や同情の気持ちを向ける。)
△同情をよせる。/给予同情。
[29]藻◎【も】
【名】
藻类。(水中に生える草の総称。)
[30]透く◎【すく】
【自动·一类】
(1)有空隙。(すきまが生じる。)
△板戸の合わせ目が透く。/板窗没关好。
(2)透过……看见。(物を通して、中や向こう側が見える。)
△川底まで透いて見える。/(透过水)看见河底。
(3)穿过缝隙。(物の間を通り抜ける。)
△木の間を透いて光が漏れる。/光线透过树木间的缝隙。
[31]防波堤◎【ぼうはてい】
【名】
(港湾的)防波堤;防范物。(外海からの波を防ぎ、港湾内を穏やかに保つために海中に築造された突堤。)
△防波堤を築く。/修筑防波堤。
[32]越し【ごし】
(1)〔物をへだてる〕隔着(某物).
(1)〔物をへだてる〕隔着(某物).
△めがね越しに見る/隔着眼镜看.
△垣根越しに話す/隔着篱笆说话.
(2)〔時間をへだてる〕经过(多久).
△1年越しの問題/经过了一年的问题.隔着,经过
[33]おき【沖】
海上hǎishàng,洋面yángmiàn;湖心húxīn.
▲ 船で~に出る/坐船出海.
▲ ~の船/在海面上的船.
▲ ~の小島/海上的小岛.
▲ 船を~へこぎ出す/把船划huá到海面去.
【慣用句】
~にもつかず磯にもつかない 前不着zháo村后不着店,进退两难;采取cǎiqǔ骑墙态度qíqiáng tàidu.
[34]うねり③【うねり】
(1)蜿蜒,起伏,波动,逶迤。指高低起伏或弯曲连绵。(高く低く波打ち、または曲がりくねって続くこと。)
(1)蜿蜒,起伏,波动,逶迤。指高低起伏或弯曲连绵。(高く低く波打ち、または曲がりくねって続くこと。)
△波は大きくうねりながら、つぎからつぎへとうちよせてくる。/汹涌起伏的海浪不断地向岸边滚来。
(2)滚滚的浪潮,浪涛。由台风、低气压引起的波峰与波峰之间的距离较长的大波浪。(波の山と山の間が長い、大きな波。台風·低気圧によって起こる。)
△このうねりは台風のまえぶれだ。/这种滚滚的浪涛是台风的前兆。
[35]大海原【おおうなばら】
【名】
汪洋大海
[36]灰色◎【はいいろ】
【名】
(1)灰色。(灰のように薄黒い色。ねずみ色。グレー。)
△灰色の壁/灰色的墙。
△灰色のうわぎ/灰色上衣。
(2)不鲜明。(犯罪等の容疑が、十分には晴れていないこと。)
△灰色高官/有受贿之嫌的高级官员。
(3)暗淡,乏味,阴郁。(暗い気持ちで、心に喜びのない状態。)
△灰色の人生/暗淡的人生。
[37]ばち【罰】
报应bàoyìng.
▲ ~が当たる/遭zāo报应.