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第二十課 魚を食べないフランス人 上外 《新编日语阅读文选》第一册

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《新编日语阅读文选》第一册

季林根 陆静华编

上海外语教育出版社

hankcs就有一个不吃鱼的同学

第二十課    魚を食べないフランス人

魚を食べないフランス人.jpg

パリには、妻か夫か、どちらかが外国人という夫婦はざらにいる。

しかし、これは戦後の現象なのだそうだ。今でも、名門の貴族や家柄誇るブルジョワのフランス人は、外国人とわ結婚しないそうである。

こう、教えてくれたのは、知人の若い弁護士で、私がフランス人との結婚を告げた時、ほう、日本人のあなたとね。我が家なんか外国人との結婚許されないな。一にドイツ人、二に黄色人種、三に黒人がダブーなんだとぁら

りいってのけた。

もっとも、主人の側でも、私との結婚は、かなりセンせーシュナルなニュースになったらしい。結婚するや、親戚、友人、知人たちの間で、猛烈な招待合戦が始まった。私は動物園に始めて入園した珍しい動物のごとし。おかげで、三日にあげずの宴会が、半年も続いた。そして、私は魚ぜめにあった。日本人がさかなを食べる民族で

あるというのを、誰もが知っていて、歓待してくれたのてある。

魚ぜめにあって、私は嬉しかったか。

それが、そうでもなかった。

その理由はふたつある。

まず、うとつめ。出されたさかなのほとんどが冷製で、マヨネーズのソース添え。たまに温製があれば、魚はバターソースかクリームソースの中で水泳でいる。これらの魚はいずれにせよ、クールブイヨンの中でたっぷりと煮こまれていた。

クールブイヨンというのは、白ぶどう酒に、きざんだ人参や、玉ねぎ、パセリ、こしょう、クローブ、ローリエ、タイムなどを入れえ静かに煮立てる魚用のブイヨンで、フランスの家庭では、このクールブイヨンでさかなを煮るのがたいはんにポピュラーなのてある。これだと、魚に香料や薬味草の香りが移って、魚の生くさみがきれいに消える。しかし、魚のうまみもきれいに失われてしまう。どの家でも、自分の皿に盛られた魚を食べきるのが精一杯であった。おかわりなど、とんでもなかった。

そして、ずっと昔にギリシャ料理店で食べた、真っ黒焦げに焼かれた魚の方が、まだましだなどと、私は密かに思った。といってギリシャで食べた魚ではない。学生街のサンミシエルの一角に、ちょっとエギゾチックで安いギリシャ料理屋がズラリと並んでいるのだ。ここにいくと、バーベキューの魚やエビが食べられるのである。しかし、一度でこりた。それなのに、その時の真っ黒焦げに焼かれたダイの意味が懐かしく思われたのである。日本の焼魚を、しみじみと恋しく思ったのはいうまでもない。

クールブイヨンで魚を煮るのは、臭いを消すためだ。知り合いたちの招待がひととおり終わったころ、クールブイヨンで煮た魚は、もう食べたくないと、私は主人に宣言した。そして、魚は焼魚が刺身に限ると叫んだのである。しかし、主人をはじめ親しい友人たちは、

「うまいものなのになあ」と、しきりに残念がある。 

クールブイヨンは家庭では人気があるが、最近、プロの料理人たちは、蒸す方法をとり始めている。たとえば、元トウールダルジャンの若いミエフ、ブッシェ氏は、クールブイヨンはいっさい使わない。もっぱら、魚は蒸す。理由は、魚のもち味、うまみをそのままテーブルにのせることができるからだという。

私などは、こういう話をきくと、「ホラ、ホラ、プロだってクールブイヨンを見捨て始めたじゃない。クールブイヨンは魚の味を台なしにするからよ」などと、嬉しがって口走るが、主人も友人たちも、それには耳に貸さない。そして、「クールブイヨンで煮た魚の味のノーブルなこと!」と、うっとりしてみせる。さらに、「煮ることは、生よりも焼くことよりも文明度が高いのだ」といって、ひらき直るのだ。この辺は、実にフランス人らしいところである。

ところで、「ルモンド」紙の料理批判家クルチン氏の最近の報告によると、フランス人はびっくりするほど魚を食べない。一人あたり、一年に十キログラムだそうだ。この数字は肉なら一ヶ月分だろう。クルチン氏は、フランスは三方を海に囲まれているのだから、魚を食べる民族であってもいいはずなのに、そして、魚は栄養のバランスもすぐれ、肉よりも健康によいのにと嘆いている。また、彼のレポートによれば、フランス人が魚を食べないのは、そのニオイと骨のせいだそうだ。

さて、魚ぜめにあって嬉しくなかた理由の二つめであるがー

魚を食べている間の話題といえば、刺身の話が多かった。

「日本では、魚を生で食べるそうですね」と、好奇心いっぱいの顔をして話を切り出す。「ええ、それはおいしいものですよ。魚の好きな人だったら、フランス人でもすぐに気にはいてしまいます」などというと、かれらは信じられないといって、気味悪がってみせる。まるで、日本人が、生の魚を頭からかじっているところを想像しているかのようなのだ。それから、ちよっとばかりニッコリして、「でも、まさか、まったくの生ではないでしょう。お酢や、レモンや、油でマリネにするのではないですか」どいう。

「いいえ、それはまったくの生です」と答えると、かれらはまったような顔をするのだ。それで、私はしょうゆとわさびの説明をする。

知人たちの中には、フランス領のタヒチ島で暮らしたことのある人や、旅行をしたことのある人がいて、タヒチ風刺身について話てくれた。魚はやはり白身の魚で、スズキやタイ。二センチか三センチの角切りにする。これを、ヤシの実のミルク、レモン、こしょう、塩などを混ぜたソースの中に,数時間つけこむ。少なくとも、三時間が必要だそうだ。食べる時は、パセリやあさつきのみじんきりをふりかける。まさに原始的であるが、すこぶるうまいのだそうだ。こんな話を、フランス人はよくきくらしくて、生の魚というと、このタヒチ風を想像する人がすくなくない。

このごろ、パリでもヌーベルキュイジーヌのレストランに行くと、刺身が食べられる。しかし、だいていがタヒチ風を上品にアレンジしたものである。魚はスズキやのことが多く、フグの刺身のようにうすぐきって、皿の上に花びらのようにきれいに並べる。ソースは

(ヤミの実のミルクのかわりに)オリーブ油、レモン、こしょう、塩をあえたもの。これが基本でシエフによって好みの薬味草や、スパイスがちがう。これがけっこううまくて、パリではちよっとした流行なのだ。

しかしまあ、刺身にせよ、焼き魚にせよ、話だけでは、そのうまさをフランス人に納得させるのは難しい。それに、かれらが最後にいいたいには、日本は高度の文明国だといわれているのに、人々は案外、原始的で野蛮なのだということなのである。

思いがけない斬りこみにあって、正直なところ、私はオタオタした。これが、私にはきにいらなかったのである。

生よりは焼くほうが、焼くよりは煮るほうが(材料はより原型から遠ざがる)、より文明度が高いというのは、フランスの高名な社会学者、クロードレウイ=ストロースという人である。その彼が、日本の刺身の場合は、包丁の芸術が、煮る芸術(料理の芸術)によってかわっているといっている。偉い人はちゃんとわかっているだ。なんてことを、つい最近、主人がそっと教えてくれた。

 

  「パリからのおいしい話」による

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