賢者[1] は黙して[2] 語らない。書くことも話すこともせず、ひたすら沈黙[3] を守って世間の尊敬を受けている。壁に向って九年間も沈黙を続けた達磨[4] 大師[5] の面壁[6] 九年は、さしずめ[7] 、その好例といっていい。黙っていれば、恥ずをかかずにすむ。
そうは思っても、そういう考えをここにこうして書いて、新しい恥の種をまくのが、人間の、特に凡夫[8] の業[9] というものなのだ。人間の業は、言葉を持って自分を表現しないではいられないというところにある。それが社会の生物としての人間の本能なのだ。
とするならば、ためらい[10] や恐れはほどほど[11] に抑えざるを得ない。そして、甘えは捨てなければならない。自分を表現し、相手に理解してもらうために、努力し続けようではないか。たしかに、言葉には記号というものの持つ不自由さがある。けれども、自分の気持ちを正しく相手に伝えるためには、言葉という手段しかないという事実を、もう一度認識[12] し直さなければならない。
これが文章を書くという行為の出発点[13] だと私は考えている。その上に立って文章を実際に書いていくとき、私が心掛けて[14] いることが二つある。
まず第一に、自分の持っている考えを、少しでも的確に表現しようということだ。そのためには、まず自分自身の考えをつきつめて[15] いくことが大切だ。自分でさえ「うまく言えないんだけれど」ということを、他人がどうして理解してくれるものか。
自分の考えたことを言葉という記号に移しかえたとき、まとまっていなかった思考がはじめてはっきりとした形をとる。言語は記号だから、思考そのものとの間にはずれがあるかもしれない。だからこそより的確に言葉を選ばなくてはならない。少しでも自分の心にぴったりくる言葉を選ぼうとするのは、ものを書く者の責任だ。そのための格闘[16] こそ、表現作業[17] の中心である。心と言葉との距離を、こうして無限に小さくしていくよう心掛けたい。
[1]賢者①【けんじゃ】
【名】
贤者,贤哲,贤人。(道理に通じたかしこい人。賢人。)
△賢者は一言にして足る。/聪明人一点就通。
△賢者も千慮の一失。/智者千虑,必有一失。
[2]黙す【もだす】
(1)〔だまる〕沉默,闭口无言『成』.
(1)〔だまる〕沉默,闭口无言『成』.
(2)〔黙過する〕置之不问,不过问,容忍.【自五】
[3]沈黙【ちんもく】
【名·自动·三类】
沉默,默不作声。(声を出さない。)
△沈黙をまもる。/保持沉默不吭声。
△沈黙をやぶる。/打破沉默。
△重苦しい沈黙が2分続いた。/闷闷的沉默持续了两分钟。
△死のような沈黙。/死一般的沉寂。
[4]達磨◎【だるま】
【名】
(1)〈佛〉达磨。(中国禅宗の始祖。インドのバラモンの出身と伝え、6世紀初め中国に渡り、各地で禅を教えた。)
(2)不倒翁,扳不倒儿。(達磨大師の座禅の姿にまねた張り子の人形。手足がなく、紅衣をまとった僧の形で、底を重くして、倒してもすぐ起き上がるように作る。)
(3)圆(形物)。(丸いもの、赤いものなど1の形に似たものの称。)
△達磨ストーブ。/圆火炉。
△達磨船。/驳船。
[5]大師【だいし】
〈仏〉大师.【日本地名】【名】
大师(对佛,菩萨的尊称);大师(朝廷对高僧的赐号或谥号);弘法大师
[6]面壁【めんぺき】
面壁(坐禅).
面壁9年/(达磨在少林寺)面壁九年.
[7]差し詰め◎【さしずめ】
【名】【副】
(1)目前,当前。(さしあたって。)
△差し詰め食うには困らない。/目前生活没有困难。
(2)结局,总之,归根结底。(さしつまったこと。また、そのさま。究極のところ。のっぴきならない状態。どんづまり。)
[8]凡夫①【ぼんぷ】
【名】
(1)〈佛〉俗人。(仏語。愚かな人。仏教の教えを理解していない人。)
(2)凡人,凡夫。(平凡な人。普通の人。凡人。)
△凡夫の浅ましさ。/凡夫之浅见。
△凡夫も悟ればほとけ。/只要努力,凡夫也是会成功的。
[9]ごう【業】
(1)〈仏〉业yè,善恶行为shàn'è xíngwéi;[悪い行為の]恶业èyè.
▲ ~が深い/罪孽zuìniè深重.
(2)〔業腹〕生气shēngqì,愤怒fènnù.
▲ ~を煮やす/发急fājí;急得发脾气píqi.
[10]躊躇い【ためらい】
踌躇
躊躇うこと。躊躇(ちゅうちょ)。
[11]程程◎【ほどほど】
【副】
适当地,恰如其分地。(度が過ぎないで、ちょうどよい加減であること。適度。適当。)
△程程に済ます。/适可而止。
[12]認識◎【にんしき】
【名·サ変他】
认识,理解。(物事を見分けて、本質を理解し、正しく判断すること。また、そうする心の働き。)
△認識を欠く/缺乏认识。
△認識がたりない/认识〔理解〕不足。
△正しく認識する/正确(地)认识。
△認識を新たにする/重新〔提高〕认识。
△認識が浅い/认识粗浅。
[13]出発点②【しゅっぱつてん】
【名】
出发点,起点。(出発する地点。事をはじめる初め。)
△新しい人生の出発点。/崭新人生的起点。
[14]心掛ける⑤【こころがける】
【他动·二类】
留心;注意;记在心里。(その事を忘れずに、常に念頭に置く。どんな事態にも対処出来るような用意を忘れずにする。)
△人の悪口を言わないように心掛ける。/注意不说别人的坏话。
△あなたのお気に入りそうな品を心がけておきます。/我将留心会中您意的东西。
△お話は心がけておきましょう。/你的话我将记在心上。
△このことは君も心がけておいてくれ。/这件事你也给我留点意。
△正確に書くようにとくに心がけましょう。/特别注意要写得正确。
[15]突き詰める④【つきつめる】
【他动·二类】
(1)追究到底。(物事を徹底的に考えたり調べたりする。)
△とことんまで突き詰める。/探究到底。
△そんなに突き詰めて考えるな。/别想那么多啦。
(2)苦思苦想,左思右想,反复思考,钻牛角尖。(一つのことだけをいちずに思いこむ。思いつめる。)
△あまり突き詰めて考えないほうがよい。/不要太钻牛角尖。
△突き詰めた表情。/苦思冥想的表情。
[16]格闘◎【かくとう】
【名】【自サ】
格斗,搏斗。(相手を負かそうと、激しく組み合うこと。)
△猛獣と格闘する。/与猛兽搏斗。
[17]作業①【さぎょう】
【名·自动·三类】
工作;操作,作业;劳动。((技術·機械の)仕事。また、仕事をすること。特に、一定の目的と計画のもとに、身体または知能を使ってする仕事。)
△作業の段取り。/生产工序;操作程序。
△作業の能率をあげる。/提高工作效率。
△荷役作業。/装卸工作。
△作業服/工作服;劳动服。
△作業員。/操作人员;作业人员。
△作業場。/车间;作坊;工作现场;工地,工段,施工区间。
△作業教育。/作业教育;劳作教育。
箱書き 这里的意思是“分场景要点”