勤勉の徳によって、われわれが期待するのは、繁栄である。繁栄が明治百年の日本の大事な目標であった。そしてその繁栄というのは、物質の豊かさを意味する。しかも近代人にとって物質は、単なる自然物ではない。多くの人間の意思によって作られた物質なのである。今日、われらの周囲にある物質は、ほとんど自然のものではない。われらが今日価値をおく物質、テレビ、電機製品、自動車、すべて、われらの意思がつくり出し、われわれに奉仕[1] する物質なのである。ここでは、人為[2] 的なものが、自然なものより喜ばれる。
このような勤勉、繁栄の価値とならんで、近代人にとって大きな価値は進歩である。だんだんこの世の中がよくなってゆく。物質は豊かになり、人間の知恵は増進[3] してゆき、世の中はだんだん住みやすくなる。それが、近代人の信念というより、信仰でもあった。それゆえ、ここでは変化することが価値であり、スピードが価値であった。変化することが価値であるならば、否定が価値であり、どこへという問いもなく、ただスピードを出すことのみが価値とされるのである。
私は過去百年間、日本人をささえた価値観は、そういう勤勉――繁栄――進歩という価値観であったと思う。このような価値観は、日本人全体の価値観であり、右と左とを問わないのである。むしろ進歩政党[4] ほど、強くこのような価値観の上に立っている。しかしこのような価値観は、現在、大いに動揺している。むしろ、このような価値観の上に育った文明そのものが、このような価値観に対して懐疑[5] を投げるのである。
今日、完全に機械の時代である。多くの単純労働において、機械は人間より、はるか多くの能力を発揮[6] することは、すでに十九世紀において明らかになった。そしてやがて複雑な労働すら、機械は人間にかわってすることが出来るようになった。そして最後に、頭脳[7] 労働においてすら機械は、人間に優る[8] ようになった。勤勉は唯一絶対の価値であることを失うのである。
[1]奉仕①◎【ほうし】【名·自动·三类】
(1)(不计报酬而··服务,效劳,效力。(献身的に尽くすこと。)
△勤労奉仕。/义务劳动。
△社会奉仕活動。/为社会服务活动。
△国家に奉仕する。/为国效劳。
(2)(商人)廉价售货。(商品を安··売ること。)
△奉仕品。/廉··品。
△奉仕値段。/廉价。
[2]人為①【じんい】【名】
人力,人为,人工。(人間の力···すること。人間の仕業。)
△···為で自然を征服する。/用人力来征服自然。
△人為選択。/人工选择。
△人為の加わった森林。/人工造的森林。
[3]増進◎【ぞうしん】【名】【自他サ】
(体力、能力)增···,增加。(物事の勢いなどがいっそう激しくなること。また、激しくすること。)
△健康増進。/增进健康。
△能率を増進する。/提高效率。
△食欲増進をはかる。/设法增进食欲。
[4]政党◎【せいとう】【名】
政党。(共通の原理·政策の···現のために、政権の獲得あるいはそれへの参与を企図する団体。)
△政党支持率。/政党支持率。
[5]懐疑①【かいぎ】【名·自动·三类】
怀疑。(疑いをもつこと。あやぶむこと。)
△懐疑の目でみる。/用怀疑的眼光看。
△懐疑をいだく。/(抱)怀疑。
[6]発揮◎【はっき】【名·他动·三类】
发挥,施展。(能力を隠す所なく示すこと。)
△平素の力が発揮できない。/平素的力量施展不出来。
△腕を発揮するのにちょうどよい機会だ。/正是大显身手的好机会。
△才能を発揮する。/发挥才能。
[7]頭脳①【ずのう】【名】
(1)头脑,脑筋,脑力,判断力,智力。(脳,頭,識別力,判断力,思考力。)
△頭脳明晰な人。/头脑清晰的人。
△頭脳労働と肉体労働。/脑力工作和体力劳动。
△するどい頭脳。/头脑敏锐。
△日本の頭脳の海外流出。/日本的(杰出)人材外流。
△頭脳をしぼる。/绞脑汁;···心思。
(2)首脑,领导人。(中心となっている人物。)
△組織の頭脳。/组织的领导人。
[8]優る②◎【まさる】【自五】
优越;凌驾。(「すぐれる」···文語形。)
△実力は春子より···子が勝っている。/论实力,圭子比春子要强。