日本には「奥ゆかしい[1] 」という美意識がある。なんとなく[2] もっと奥へ進んでみたい、もっと実体をつかんでみたい、という雰囲気をただよわせる[3] ものが、「奥ゆかしい」という美意識の内容である。その美意識は、逆には、はっきりいいきってしまうこと、明確[4] にわかってしまうことは、かえってものごとのあじわいをこわすものだという心理に展開[5] してゆく。日本人が好きな芸術論である「有心」にしても、「幽玄[6] 」にしても、「象徴」にしても、みな「奥ゆかしさ」を求める心情[7] とかよいあっている。そのことについてわたくしは、「幻暈嗜好[8] 」と題して何回かにわたって論じてきたが、ことばに、それらしいもの、それに準ずる[9] もの、それにあやかるもの、それに近いもの、などの余情[10] を示す接尾語[11] をつけて使おうとするのは、やはり日本人に固有の幻暈嗜好のあらわれである。
日本人は、ものごとを明確にいいきるのを避ける傾向が、いささか強いようだ。平安時代[12] 以来、ものがたりでも「らし」とか「なんめり」とかのことばが頻用されている。漢語は、元来、より明確にものをいおうとする方向にたつ言語で、したがって少しでも違う現象には、それに即した語彙[13] がくふうされるのであるが、日本人が使用する漢語は、なにかそこに「ぼかし[14] 」がほしくなって、明確な漢語をかえってあいまいにして使おうとするし、また、日本製漢語においても、たとえば「的」の造語[15] のようなものが、日本人の体質にあったものとしてしきりに愛用されるようになるのではなかろうか。
また、こうしたこともいえるかもしれない。中国の生活から生まれ、中国人の感覚に根ざした[16] 漢語は、結局日本人に的確[17] にはつかまえられないということもあって、自信もないままに、漢語そのものを、それとして用いずに、それらしい感覚だという「ぼかし」をつけ加えて用いようとする傾向もあるのではないか。漢語に「臭い」とか「そう」とかの接尾語をつけ加える心理は、主要[18] にはそうしたものとして理解できよう。それは「てれ」の心理から発するということも可能である。
[1]奥ゆかしい【おくゆかしい】
雅致的,幽雅的。品格高尚,有深度,具有吸引力。
[2]何となく④【なんとなく】
【副】
(不知为什么)··觉得,不由得,无意中,无意中,不为何。(はっきりした理由や目的もなく。わかもなく。)
△何となく近づきにくい人。/总觉得有点不易接近的人。
△何となく泣きたくなる。/不由得要哭出来。
△何となく虫が好かない。/总觉得和不来。
△何となく駅まで来てしまった。/无意中来到了车站。
[3]漂わす④【ただよわす】
【他动·一类】
使漂浮,泛浮,露出。(ただようようにする。ただよわせる。よるべないようにさせる。落ち着かない状態にする。)
△口もとに微笑···漂わす。/嘴角露出微笑。
[4]明確◎【めいかく】
【名·形動】
明确。(明··かで確実なこと。)
△明確な··断を下す。/下明确的判断。
△明確に答える。/明确回答。
△これは民法で明確に規定してある。/这在民法上有明确规定。
[5]展開◎【てんかい】
【名·自他动·三类】
(1)开展,展开,逐渐发展。(発展させ、繰り広げること。)
△運動が展開された。/运动开展了。
△ゲリラ戦を展開する。/开展游击战。
(2)展现,逐步扩展。(のべひらくこと。また、広くひろがること。)
(3)散开,军队由密集队形转变成散兵队形。(密集部隊が散兵となること。)
(4)(数学)展开。(多項式の積単項式の和の形で表すこと。)
△(A+B)^2を展開するとA^2+2AB+B^2になる。/(A+B)^2分解后就成为A^2+2AB+B^2了。
△展開式。/展开式。
[6]幽玄◎【ゆうげん】
【名】【形动】
玄奥,深··,奥妙,幽邃情趣,(日本中世纪文艺作品的)言外余韵。(物事の趣が奥深くはかりしれないこと。趣きが深く、高尚で優美なこと。気品があり、優雅なこと。また、そのさま。)
△幽玄の思想。/深奥的思想。
[7]心情◎【しんじょう】
【名】
心情。(心の中··思っていること。心の状態。)
△人の心情を察する/体谅别人的心情。
△彼の心情はじつに哀れむべきものがある/他的心情实在值得同情。
[8]嗜好◎【しこう】
【名·他动·三类】
嗜好。··好,兴趣。(たしなみ、好むこと。趣味。特に、飲食物についての好み。)
△一般の世人の嗜好に投ずる。/迎合一般的爱好。
△嗜好は人によってまちまちだ。/嗜好因人而异。
△嗜好品。/嗜好品。
[9]準ずる◎③【じゅんずる】
【自サ】
(1)准,按…···看待,适用于,比照。仿照其他办理。(あるものを基準にしてそれにならう。また、あるものと同様の資格で扱う。)
△以··これに準ずる。/以下准此。
(2)准,以……为标准,按照,依照。遵从某根据··(あるものを基準にしてそれに見合った扱いをする。)
△収入に準じて会費を出す。/按收入的多少纳会费。
△利益は出資額に準ずる。/利益照出资的多少(分配)。
[10]余情◎【よじょう】
【名】
(1)余味,耐人回···的味道。(あとまで残っている、印象深いしみじみとした味わい。よせい。)
(2)余韵,言外之趣。(詩歌などで、表現の外に感じられる趣。特に、和歌·連歌··俳諧などで尊重された。よせい。)
[11]接尾語【せつびご】
〈語〉接尾词〔辞〕,后缀.【名】
接尾语
[12]平安時代⑤【へいあんじだい】
【名】
平安时代(794-1192年,自桓武天皇奠都平安京至镰仓幕府成立约四百年间)
[13]語彙①【ごい】
【名】
语汇。(一つの言語の··あるいはその中の特定の範囲についての、単語の総体。)
△中国語の語彙。/汉语词汇。
△語彙を豊富にする。/丰富词汇。
△語彙のとぼしい男。/语汇少的人。
[14]暈し③【ぼかし】
【名】
(颜色的)由浓渐淡··(明暗界限的)朦胧,模糊。(ぼかすこと。また、ぼかしたもの。日本画で、色を濃い部分からしだいに薄くしていく技法。)
[15]造語◎【ぞうご】
【名·自动·三类】
创造新··,造复合词,(所创造的)新词,复合词。(新しい言葉を作り出すこと。既成の語の転用·複合や擬音·擬態などにより,新語を作ること。)
△造語力。/构词能力。
△造語成分。/构词成分,词素。
[16]根ざす②【ねざす】
【自动·一类】
(1)生根,··根。(根が土中に延び入る。根がつく。)
(2)基于,由……而来。(原因··る。もとづく。また、物事が定着する。)
△仏教に根ざした死生観。/基于佛教的生死观。
[17]的確◎【てきかく】
【形動】
正确,准确,恰··。(肝要な点を確実にとらえているさま)
△的確な表現/正确的表现;用字确切。
△的確に訳す/恰当地翻译。
△物事を的確に判断する/准确地判断事物。
[18]主要◎【しゅよう】
【名·形動】
主要。(お··だっていて重要なこと。)
△··要な役割。/主要作用;主要任务。
△主要な人物。/重要人物。
△主要競技種目。/主要比赛项目。
△主要メンバー。/主要成员。
△主要産物。/主要物产。