けれども、お嫁さんはそれっきり[1] 、鍋を高い戸棚[2] にしまいこんで使おうとしませんでした。
静かで平和な日々が過ぎて行きました。山ではふくろうが鳴き、鳩[3] が鳴き、きつね[4] が鳴きました。そんな動物たちの声をアイは聞き分ける[5] ことができるようになりました。朝は早く起きて水を汲み、昼は畑を耕し、夜は機織[6] をして、毎日せっせと働いて、春が過ぎて行きました。
ところが、その年の夏は雨が多く肌寒く[7] 、めったに晴れる日はありませんでした。そのために秋になっても山の木の実は実らず、丹精[8] した畑の作物も腐ってゆきました。
長いあいだアイの一家は、乏しい食べ物で食いつないできましたが、とうとう細い薩摩芋[10] が一本しか残らなくなった時に、お姑さんは青い顔をしてアイに言いました。
「いつかの魚の料理を作ってもらえないかねえ。もう食べ物は何にもなくなってしまった」
その目は、あの鍋の秘密をちゃんと見抜いて[11] いるように思われました。アイは頷きました。こんな時には海の神様も許してくれると思ったのです。アイは家の外へ出て行くと、木の葉を三枚とって来て鍋に並べました。それから蓋をしてちょっと揺すって、また蓋を開けると鍋の中には、すずきが三匹じゅうじゅうと焼けていました。それを三枚のお皿にとりわけながら、アイは真っ青な秋の海を思い浮かべました。アイは自分達のために命を捨ててくれた三匹の魚にそっと手を合わせました。
雑木林の向こうに住んでいる隣の家の人々がやって来たのは、それからしばらくあとのことでした。
今ごろ、魚の焼けるにおいがするので、ちょっと寄ってみました。この飢饉に一体どこで魚を手の入れたのか、それを聞こうと思って――
[1]其れっ切り◎【それっきり】【副】
'それきり '的强调说法
[2]戸棚◎【とだな】【名】
橱,柜。(三方を板などで囲い···中に棚を造って前面に戸を設けたもの。)
△衣裳戸棚。/衣柜。
△食器戸棚。/碗柜(橱)。
△食器を戸棚にしまう。/把餐器放到碗柜里。
△つくりつけの戸棚。/壁橱。
[3]鳩①【はと】【名】
鸽。(ハト科に属する鳥類の総称···ある。)
△ 家鳩。/家鸽。
△ 伝書鳩。/信鸽。
△鳩は平和の象徴だ。/鸽子是和平的象征。
△鳩に三枝の礼あり。/鸠有下三枝之礼。
△鳩に豆鉄砲。··惊慌失措。
[4]狐◎【きつね】【名】
(1)狐,狐狸。(イヌ科の哺乳類。)
△狐の襟巻き。/狐狸皮围巾。
△狐に化かされる。/被狐狸迷住。
△狐につままれたような気がする。/觉得象被狐狸迷住了似的,心里很纳闷。
(2)诡计多端的人。(人をだます、ずるがしこい人。)
[5]聞き分ける④【ききわける】【他动·二类】
(1)听出来,听了···辨出来。(聞いて音や声などの違いを区別する。)
(2)听懂,理解。···聞いてその意味を理解する。納得して従う。)
△親の言うことを聞き分ける。/听父母的话。
[6]はたおり【機織り】
织布;[織る人]织布工,纺织工?
▲~機/织布机?
[7]はださむい【肌寒い】
凉飕飕的,有点凉意?
▲このところ~日が続く/这几天老是凉丝丝的?
[8]丹精①【たんせい】【名】【自サ】
真诚;努力;竭力。···心を込めて物事をすること。)
△丹精を凝らす。/精心。
[9]飢饉①②【ききん】【名】
(1)饥荒,饥馑,粮荒,灾荒。(不作のために食物が足りなくなること。)
△飢饉に見舞われる。/遇到饥馑;闹饥荒。
(2)缺乏;缺,荒。(物不足。)
△水飢饉。/缺水;水荒。
△住宅飢饉。/房荒;缺房。
[10]薩摩芋◎【さつまいも】【名】
甘薯,白薯,山芋,红薯,···薯,地瓜。(ヒルガオ科のつる性多年草。中米原産。中国·沖縄を経て,一七世紀日本に渡来。一八世紀には,青木昆陽が救荒作物として普及させた。茎は赤紫色を帯び,卵心形の葉を互生。)
△薩摩芋を焼く。/烤白〔甘〕薯。
[11]見抜く◎【みぬく】【他·一类】
看穿,看透,认清(もの···との実情や人の気持ちなど、表面にあらわれていないところまで見通す)。
△偽善者であることを見抜く。/看穿是个伪善者。
△はらの底まで見抜く。/··底看透。